番外編 その名に込めたもの。
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「……リク、にするわ」
静かな部屋に、リゼの声が落ちた。
腕の中には、小さな命。
まだ目も開ききらないその子を見つめながら、リゼはそっとその名を口にする。
「リク……?」
低く、確かめるような声。
隣に立つクロードが、わずかに眉を動かした。
「そう。リク」
リゼは顔を上げる。
まっすぐに、クロードを見るその瞳は、どこまでも穏やかで。
そして、どこか決意を宿していた。
「私の“リ”と、あなたの“ク”」
あまりにも単純な由来に、クロードは一瞬だけ言葉を失う。
けれど、次の瞬間には小さく息を吐いた。
「……単純だな」
呆れたような声。
それでも、その目はどこか優しかった。
「いいじゃない。分かりやすくて」
リゼはくすっと笑う。
そして、もう一度、腕の中の子を見下ろした。
「でも、それだけじゃないの」
ぽつり、と。
静かに続ける。
「“リク”ってね……大陸って意味もあるのよ」
その言葉に、クロードの視線がわずかに動く。
「広くて、どこまでも続いてて……境界なんてない。」
「そうね……、公爵家とか、貴族とか、そういう“形”に縛られない……」
リゼの指が、そっとリクの頬に触れた。
そこで、ふっと笑う。
「そういう人生を、生きてほしいなって。」
その声は、祈りみたいだった。
ほんの少しだけ、間が空く。
リゼは顔を上げて、クロードを見る。
「……どう?」
問われて、クロードはしばらく何も言わなかった。
ただ、静かにリゼと、その腕の中の子を見ている。
やがて。
「……いい名前だ」
短く、そう言った。
飾り気のない言葉。
けれど、それ以上はいらなかった。
リゼは、ふっと笑う。
「でしょ?」
その腕の中で、小さな命が、かすかに指を動かした。
まるで、その名前を受け入れるみたいに。
ーーー
ーー
「……“大陸”、ね」
ぽつり、と呟く。
風が吹く。
見渡す限りの空。
どこまでも続いていく地平線。
リクは、ゆっくりと息を吐いた。
「形に縛られるな……か。」
昔、聞いた話。
母がつけた、自分の名前の意味。
最初は、よく分からなかった。
ただ、少しだけ――自分には大きすぎる名前だと思った。
けれど。
「……まあ、悪くない」
小さく笑う。
ふと、視線を上げる。
丘の向こうに、城と、街が見えた。
そこには、守るべきものがある。
大切な人たちがいる。
そう、今なら分かる。
守るっていうのは、止めることじゃない。
隣に、立つということ。
リクは、一歩踏み出す。
風が、背中を押した。
その先へ。
どこまでも続いていく、その道へ――




