⑧
私は久々にケンイチと大学構内のベンチに腰を掛けていた。
「この前はありがとう。今日は帆乃花ちゃんと一緒じゃないのか。珍しいな…」
ケンイチの顔はどこか照れくさそうであった。
「うん、帆乃花はE子ちゃん達と買い物だって」
「そうか…」
ケンイチはE子の名前に反応してしまう。
「気にすんなってば!」
私は携帯電話を見ながらケンイチに伝える。既に帆乃花から3件ほどメッセージが入っていたのだ。
「E子には悪いと思っているんだ…」
ケンイチの視線が下がるのを見て、私は帆乃花へのメッセージを保存する。
「ケンイチ、お前はお前らしく生きればいいんだよ!なぁ?」
ケンイチの表情は変わらなかった。断っておくが、私はE子とは知人である。しかし、ケンイチの友人でもある。E子には申し訳ないが、私は友人の味方をする。帆乃花も同じ立場であるからこそE子の味方をするのは当然である。
「蛍にも迷惑かけるよな?帆乃花ちゃんとは大丈夫なのか?なんなら、俺…」
私はケンイチの言葉に誇り高き怒りを覚える。
「なんなら…なんだよ?ケンイチ…」
ケンイチも私の声質が変わったのがわかったのであろう。
「蛍…いや、ごめん…」
ケンイチが多恋愛に走るのは、決して自己顕示欲を満たす為ではなかった。ただ寂しいのだ。一人に注いだ想いが壊れた時、その喪失感に堪えられないだけなのだ。だからこそ、ケンイチはその想いを分散させる方法をとる。私は同じことをしようとは思わない。しかし、ケンイチの気持ちは理解できた。
「今日、時間ある?」
「ああ…バイトも休みだ。どうした?」
「たまには2人でどっか行こうよ!」
ケンイチは目を見開いた。
「帆乃花ちゃんは…いいのか?」
「帆乃花だってたまには友達と話したいでしょ?今頃、僕の愚痴でも言ってるんじゃないかな?」
私はケンイチに微笑んだ。
「い、いや…帆乃花ちゃんはそんなことないと思うけど…」
「大丈夫、大丈夫!」
私は半ば強引にケンイチを連れ出した。
「どこに行くんだよ?」
電車の中で私の隣に座っているケンイチが聞く。
「目的地が決まってないと、お前と出かけられないの?」
「い、いや…そんなことはないけど…」
ケンイチは横目で私を覗く。私はその視線を黙殺すると、帆乃花へのメッセージを送った。
わたしたちは繁華街まで来ると、昼から飲めるダーツバーへと入っていった。
「ケンイチはこういうの得意って言ってたよな?」
「まあ…」
「たまにはゆっくりしようよ!」
私は荷物を置いて、飲み物を注文する。
「最初は僕のおごりだ!」
私は機械に硬貨を入れていく。
「蛍…」
ケンイチも観念したのか、黙って荷物を置いた。
「僕から投げるよ!」
私は我流でダーツを投げていく。なんとなく真ん中を狙って投げるが、大きく下方に逸れるとボードにも刺さらない。
「あらら…」
「力を入れ過ぎなんだよ!」
ケンイチは私に投げるフォームを教えてくれる。
「いいか?力を入れたらダメだ!必要最低限の力だけでダーツを投げる!」
「必要最低限って、どれぐらい?」
私は可笑しくケンイチに質問する。
「え?それは投げて感覚を掴んでいくんだよ。こうやって投げれば狙った場所より少し下に逸れるな、とかさ…」
「なるほど…」
私は口角を上げながら、再びダーツを投げた。
「おお!」
機械音と共にケンイチが声を上げた。
「蛍!スゲーじゃん!」
「え?真ん中より上に刺さったよ?」
「今刺さった場所は20のトリプル!真ん中のブルよりも点数が高いんだ!」
「そうなの?僕、才能あるかもな!」
「へへ…まぐれだって!」
私は久々にケンイチが楽しそうに笑っているところを見た。
「いてて…もう腕上がんない…」
「蛍は力み過ぎなんだよ」
私達はダーツを何ゲームかプレイし、ダーツバーを後にした。
「少しお腹空いたな…」
ケンイチが呟く。
「そうだね!どこか入ろうか?」
私達は近くにあるファーストフード店に入っていく。
「なあ…蛍?」
ケンイチがハンバーガーにかぶり付きながら言う。
「ん?」
私も同じようにハンバーガーにかぶり付く。
「ありがとうな…」
ケンイチが小声で言う。
「たまにはケンイチと遊びたかったし…帆乃花と付き合ってから、なかなか時間取れなかったからね…」
「そうだよ!彼女が出来たら付き合い悪くなるからな!」
私達は笑いながらハンバーガーを平らげる。
「それにしても、蛍はよくやってるよ。帆乃花ちゃんを大切にしてて、偉いと思う!」
ケンイチはサイドメニューのポテトを食べながら言う。
「覚悟が違うのさ!覚悟がね!」
私は少し得意気に言う。ケンイチも私の口調が面白かったのか、声を出して笑う。
「実家はどうだったんだ?帆乃花ちゃんを連れて行ったんだろ?」
私は少し苦笑いをしてしまう。帆乃花の本性を父が一目で見破ったこと、母が帆乃花をあまり気に入らなかったこと、私は帆乃花本人さえも知らないことをケンイチに伝えた。
「マジか…お前の親父さん、凄いな!」
ケンイチは素直に私の父を褒めた。私は摘んだポテトを見つめると、母親のことをケンイチに伝えた。
「僕の母さんと帆乃花は似てるんだ…」
ケンイチは黙って私の話を聞いてくれた。私は少し躊躇いながらも、父の脇腹の傷痕について話した。
「えぇ!?」
ケンイチは唖然としていた。そんな反応になることは理解できる。皆がこれぐらいの反応でいてくれれば、私はもう少し友達が増やせることだろう。しかし、それは現実的ではない。
「蛍の原形を知ったわ…」
真顔で呟くケンイチがとても可笑しく、私は体を揺らして笑ってしまう。
「なるほどな。だから、帆乃花ちゃんは…いや、蛍は帆乃花ちゃんに近付いたのか?」
ケンイチの言葉に私は固まってしまう。私自身、母の影を帆乃花に感じ取ったのだろうか。私は無性に帆乃花に会いたくなってしまった。




