⑤
私達は大学でランチを食べていた。すると、ケンイチがふらふらと歩いてくる。私は思わず声を掛けた。私達のテーブルが空いているからだ。
「ありがとう!あっ…いいのか?」
私は帆乃花の顔を見た。帆乃花も私の顔を見て少し戸惑いながら頷く。
「でも、一緒にいるところをE子達に見られてたら、帆乃花ちゃんも立場なくなるだろ?」
帆乃花は黙っていた。
「帆乃花?」
帆乃花は口を萎めながら私を見つめる。私はケンイチを一旦座らせる。私は帆乃花の手を握る。ケンイチは視線を落とす。
「帆乃花ちゃん…ごめんな…」
ケンイチの言葉に帆乃花は頭を左右に振る。ケンイチはケンイチで帆乃花と席を一緒にするのは気不味いはずだ。我ながら酷い仕打ちである。
「この時間はすごい人だね」
私は会話の広がりもない、薄っぺらな話題を振る。何よりこの空気を壊したかったのだ。ケンイチなら何とかしてくれる。私は性懲りもなくケンイチに期待を寄せた。
「えっ?そ、そうだな…」
ケンイチは私の言葉に驚き、レンゲからランチの天津飯を溢してしまう。
「おいおい…ケンイチ…」
私はケンイチの動揺ぶりがおかしくて笑いを堪えるのに必死だった。隣の帆乃花が繋いだ手を何度も握って諌める。
「ごめんごめん…ケンイチ…悪かった」
「い、いや…」
ケンイチの頬が少し赤らんでいた。
「帆乃花から聞いてるよ…気まずいよな。帆乃花もE子ちゃんのことがあるから、ケンイチのことは嫌いだと言っていたよ」
帆乃花が隣で私の手を必死に引いている。ケンイチは私と帆乃花の顔を交互に見た。
「だから、僕は帆乃花に言ったよ。それでも、ケンイチは僕の友達なんだって…帆乃花もそこは理解してくれている」
ケンイチは私の顔を見て、軽く息を吐いた。
「お前は本当に…でも、ありがとうな」
「だから、僕の前では堂々としていたらいい…」
ケンイチの顎の動きが止まる。そして、ケンイチのエラが少し膨らんだかと思うと、ケンイチは下を向いた。これで良かったのだろうか。俯いたケンイチを見ると不安になってしまう。戸惑う私の手を帆乃花が優しく握ってくれた。
ケンイチと別れた私達は、午後からの授業が休講になったことをいいことに、のんびりとキャンパス内を散歩していた。
「ねぇ、ケンイチ君のことなんだけど…」
帆乃花が少しためらいながら声をかける。
「うん、さっきはありがとう」
「いいの…ケンイチ君って、他にも恋人がいるんでしょ?」
「らしいね」
私はあまりケンイチの話をしたくはなかったが、帆乃花の質問には答えるべきだと思い、耳を傾ける。帆乃花はためらいながらも口を開く。
「あの…怒らないでね。E子ちゃんから聞いただけだから私もよくわからないんだけど、ケンイチ君はバイセクシャルかもしれないって…」
私は驚きも動揺もなかった。いずれは話が来るだろうと想定していたことだ。わかってはいたことだが、私は帆乃花への返答に思考が停止した。
「蛍君…知ってた?」
帆乃花の言葉に我に返った。
「え?う、うん…知ってたよ…」
私の言葉に帆乃花は目を見開く。
「え?蛍君…」
私は帆乃花の言葉を待ったが、帆乃花からはそれ以上の言葉が出てこなかった。
「帆乃花…それでも僕はケンイチのことを友人だと思っているよ」
「うん…」
帆乃花は半ば諦めたかのように返事をする。私は足元に落ちる視線と少し口角が上がった帆乃花の表情を見つめる。
「何か心配かな?」
帆乃花は驚いた様に私の顔を見る。唇が少し震えている。この表情には見覚えがある。何か言いたいことがあるのだろう。しかし、私に遠慮して言えないでいる。少し前の帆乃花であればその感情を言葉に変えていたはずだ。
「大丈夫だよ。僕はケンイチのことを友人として好きだけど、そういう目では見たことないし…ケンイチだって僕のことはタイプじゃないらしいからね!」
私は微笑みながら帆乃花を安心させる。
「そうなの?」
「ああ…聞いてもいないのに、フラれちゃったよ!」
私が微笑みながら言うと、帆乃花もようやく安心したのか笑顔が戻って来た。
「ふふふ…可哀想ね。お姉さんがいますからね!」
「うん、ありがとう。お姉ちゃん」
帆乃花が腕に抱きついてくる。私は安堵しながらも帆乃花の額に唇を着けた。




