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刃を抱く  作者: 黄色子爵
3/12

③

「お前、ケガはなかったか?」

ケンイチの最初のひと言には私も予想が出来なかった。

「大丈夫。カッターを取り上げるのも慣れてるし…」

ケンイチは大学からの知り合ったが、私のことをよく理解してくれていた。ケンイチは現在、恋人が3人いる。ケンイチは常に愛に囲まれていないと不安になってしまうのだそうだ。お互い周りの価値観から少しズレた者同士、良き理解者となっていた。それもあってか、帆乃花の危険な行動を聞いても、『別れろ』や『他の子紹介しようか?』などの言葉を決して口にしない。その代わり、

「何かあったら、俺に言えよ」

これだけを私に伝えるのだ。ケンイチは多恋愛のせいで良い噂は聞かない。しかし、噂だけで人を判断するのは私の主義に反する。

「蛍はすげーよ!オレなら逃げるぜ?てか、死んでるな!」

「おいおい…」

「しかし、お前のそういうところが帆乃花ちゃんも嬉しいんだろうな…てか、おめでとう!」

「ん?」

私はケンイチの言葉が理解できなかった。

「結婚だよ!結婚!プロポーズしたんだろ?おめでとさん!」

真剣な顔のケンイチに私は段々と実感が湧いてくる。

「まぁ、普通のカップルならよくあるけどな。帆乃花ちゃんとお前だしな。これはマジだな…」

私はケンイチの言葉に少しだけ動揺した。しかし、帆乃花がこちらに走ってくるのを見るとその動揺は消えた。

「蛍君!」

私は帆乃花に向かって微笑んだ。

「蛍、俺は行くからな…また連絡してくれ!」

ケンイチは帆乃花を一瞥すると、そのままどこかへ歩いていく。帆乃花は私の腕に抱き付いてくる。人目が多いので少し照れくさい。

「蛍君、ケンイチ君から何か聞いてる?」

「なんだっけ?」

「E子ちゃんがケンカ別れしたって…浮気されたとか…」

「そ、そうなの…?」

私はケンイチの恋人が減っていたことに驚いた。

「私…ああいう軽い奴、絶対に無理!」

私は帆乃花の発言に少し怒りを覚えた。

「帆乃花、僕の友達だ!」

私は思わず、帆乃花に少し強く言ってしまった。仕方ない、数少ない大切な友人だ。帆乃花は明らかに動揺していた。

「ご、ごめんなさい…蛍君…」

私は帆乃花の動揺する姿を見て冷静になる。

「帆乃花…ごめん。でも、僕にとっては大切な友達なんだ」

「うん。そうよね…」

帆乃花は今日も私の家に泊まった。


 私は胸の中で帆乃花の吐息を感じていた。微かではあるが帆乃花の息吹を感じる。とても愛おしい。私は帆乃花の髪を優しく撫でながら窓から顔を出す満月を眺めた。あの日と同じ月であった。ひょうとするとあいつも同じことを考えているのかもしれない。すると、帆乃花が目を覚ました。

「蛍君…」

帆乃花が目を擦りながら私の名前を呼ぶ。

「おはよ…お水飲む?」

「ん…」

帆乃花はまだ寝ぼけているようだ。私はベッドの脇に置いてあるペットボトルを見つめる。

「帆乃花…こっちに…」

私は帆乃花を脇に寄せる。帆乃花は少しあくびをしながら、私の指示に素直に従う。私は帆乃花の上体を持ち上げると、ペットボトルを帆乃花の口に近づけた。

「ん…」

「ゆっくり…ゆっくりね…」

私は帆乃花に声をかけながらお水を飲ませた。

「ふぅ…」

帆乃花は満足したように私に微笑む。私は笑顔で応じるとペットボトルの蓋を閉めた。


 ケンイチは一人、ベランダでタバコを嗜んでいた。ケンイチは満月をずっと見上げている。狼男が満月を見ると変身するのか、わかる気がした。変わることのない魅力、手が届きそうであまりに遠い距離感、このもどかしさに唸り声を上げたくなる。理性が効かず、思わずしてしまったあの行為。あいつは気付いていない。自分だけの秘密。いや、1人だけいた。

「お前は口が硬いよな?」

ケンイチは唯一の目撃者に向かって煙を吐くと、タバコを灰皿で消火して部屋へと入っていった。

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