第三章 第一話 はじめての冒険
第三章 はじめての冒険
第一話 はじめての冒険
僕は、貯金箱の中にいた。同じ顔をした友達がたくさんいたんだ。
だから、外の世界はどんな世界か聞いてみた。
貯金箱はおばあさんの財布と違って、毎日は開けられなかった。
暗い中でみんなじっとしていた。じっとしている時は人間を喜ばすことはできなかった。
だから僕は他のみんなに話を聞いたんだ。
その中でもとびきり顔が黒い10円玉に聞いた。
「君は、どんなところにいたことがあるの?」
顔の黒い10円玉は重たそうな口を開いて、言葉少なく答えた。
「俺のことか。長い間話してないからな、忘れちまった。お前は新しい顔なんだな」
「うん、この貯金箱に入る前には、おばあさんの財布に入ったのが初めてだったんだ」
「そうか、よかったな。おれはもう30年近く世の中を渡り歩いているよ。ある時は財布の中に、ある時は銀行に、ある時はお店のレジの中に、いろんな人間につままれているから、どんどん顔も汚れてくるんだ。人間の手は全部違うんだ。一番汚れていた手は、工事現場で働く大人の男の作業着のポケットに入っていた時だったかな。毎日毎日ゴーゴーとものすごい大きな音がしていて、その中でその人間は仕事をしていたんだ。時々休憩になると、真っ黒に汚れた手をポケットに突っ込んで、俺たちお金を引っ張り出す。そして、ジュースっていう飲み物や、定食屋と呼ばれるご飯を食べるお店に行って何かを食べていた。食べ終わると、また手をポケットに突っ込んで、汚い手の中で俺たちを数えるんだ。
俺は、何回か手の上で数えられたり、またポケットに戻されたりして、ドンドン汚れて行った。そしてとうとう、定食屋のレジの中に入っちまったのさ」
「へー、どうして手が汚いの?」
「お前は何にも知らないんだな。大人は毎日仕事をして、俺たちをもらっているんだ。その仕事は様々な仕事がある。俺が、しばらくいたポケットの持ち主は、道路を作ったり、大きな建物を作ったりすることが仕事の人間だったので、どうしても現場で土や泥を使うので、手が汚れるんだ。その手で俺たちをつかむから、当然俺たちの顔も汚れていくのさ」
「そうなんだね。その人間のポケットからレジに移ったんでしょ?そこはどんな居心地だった?」
「そこも大して居心地がいいわけではないよ。同じ顔のお金に振り分けられていて、一日に3回くらいレジから広いお皿に出されて、数えられるんだ。俺たちもくたくたになるよ」
「そうなんだ。いろんなところを回ってきたんだね。でも、それだけ人間を喜ばせたってことでしょう?」
「まあ、そうだな。俺たちは一人ではあまり人間を喜ばすことはできない。けれど集まれば大きなお札というお金に換えることができるから、人間が喜ぶのさ」
「すごいね。この貯金箱も入口のほうまで、友達が増えてきたね?いっぱいになったらお札と交換されるの?」
「そうだな。もうすぐかな?」
どれくらいその中にいたのだろうか?
ある日、ママという人間が、貯金箱をひょいっと持ち上げた。ぐらっと揺れたけど、僕は眠っていなかったので、大丈夫だった。
どうやら、それを持って歩いているらしい。子どもの声はしなかった。いよいよ銀行と言うところへ行って、お札と交換するのかとワクワクした。
しばらくして、雑音が聞こえる場所に到着したらしい。大人の女という人間の声がした。
「いらっしゃいませ。本日はどうなさいますか?」
「今日はこれを両替してもらえますか?」といって、貯金箱を台の上にドン!と置いた。
「かしこまりました。少々お待ちください」という声が聞こえて、貯金箱の入口が開いた。
わあー、久しぶりの光が射しこんできて、大きなお皿の上にザラザラと僕たちは並べられた。
僕たちは10枚ずつ重ねられて、となりに並べられた。いくつの列がならんだかわからなかったけれど、となりにもお皿があって、バサバサと紙のお札というのが入ってきた。
きっと僕たちが集まったら、顔に0がもっとたくさんついたお札と交換されるようだ。
僕たちはようやく人間を喜ばせることができるんだな。
ママと呼ばれているこの人間は子どもに何と交換して子どもを喜ばせるのだろう。
お菓子ってどんなものだろう?
僕は外の世界がわからないけど、他の10円玉からいろんな人間が欲しがるものがあることを教えてもらった。車、電気製品、本、ノートやペン、食べ物や飲み物、人間はたくさんの物を欲しがるらしい。
しばらくすると、ぼくらは銀行の大きな箱の中に入れられた。ここでママという人間とはさよならした。それから、その夜はもっと大勢の10円玉と一緒に何回も数えられた。
しばらくすると、暗くなり静かになった。
僕は、となりにいる10円玉にそっと聞いた。
「ここは銀行ですよね?僕はまだできてから間もないので、外に出たのは久しぶりなんです。あなたはどこにいたのですか?」
「俺か、おれはしばらくここにいるけど、ここに来るまではいろんな人間の財布にいたよ」
「毎朝、お財布を掃除して、空氣を入れ替えてくれる財布ってありましたか?」
「毎朝、財布を掃除するって?ないな」
「僕が初めて入った財布の持ち主、みんながおばあさんと呼んでいた人間の財布は毎朝僕たちを財布から出して、明るいお皿の上に置いてくれるんです。そして窓から入ってくる爽やかな空氣を吸うことができたんですよ」
僕は、貯金箱の中の10円玉たちにも話したけど、銀行でもおばあさんの財布の話をした。
すると、たくさんの10円玉が「そんな財布あったら入ってみたいものだ」「信じられないわ。だいたいいつも真っ暗で、どこにいるのかわからないことがおおいのよ」と口々に話した。
みんなに話しながら僕はおばあさんの財布がまた恋しくなった。いつも「ありがとう」と言ってくれたおばあさんの優しい声をまた聴きたいと思った。




