第二章 第二話 こどもの手
第二話 こどもの手
「はい。あら、お母さんおはよう、さあ入って入って」と大人の女という人間の声がした。
すると、隣にいた10円玉が言った。
「おばあさんの娘の声だ。きっと孫と言う子どもがいると思う。俺は何度か見たぞ」
「えっと、子どもって手があたたかくて、柔らかいんだよね?」
「そうだな、出番がくるといいな」僕はわくわくして待った。
「おばあちゃん、おはよう」とかわいらしい声がした。
「さよちゃん、おはよう。ご飯はもう食べた?」
「うん、さっきたべたよ。ママが卵焼いてくれたの」
「そうかい、そうかい、よかったね。おばあちゃんがみかん買ってきたから、みんなでお食べ」
「わーい、おばあちゃんいつもありがとう。わたし、みかん大好き」
僕は初めて子どもという人間の声を聴いた。大人と言う人間の声より、高くてかわいらしかった。
どんな姿をしているのか、早く見たくてウズウズしていた。
「こどもって人間は、大人よりも、すべてが小さくできているんだ。でも、目はとてもきらきら輝いていて、太陽のようにまぶしいんだ」
「太陽って何?」
「外に出るとわかるが、朝から夜までの間、ずっと空にいる一番明るい光のかたまりだよ」
「へー、その光のかたまりにそっくりなの?」
「そうだよ、とてもまぶしいんだ!」
しばらく、ママと呼ばれる人間と子どもとおばあさんの声が交互に聞こえていた。なんだかとても楽しそうな音だった。みかんと呼ばれているものも、とても人間を喜ばせるものみたいで、見えないけど、人間たちは、「美味しい、美味しい」と言いながら、とても喜んでいた。
さっき出て行った3つの100円玉と50円玉は、人間たちを喜ばせたのだ。
僕たちお金は、とても価値があり、人間を喜ばせることができる。
そんなことができるなんて本当にすごいなと思った。
おばあさんは、子どもたちに何か言った。
「みんないい子していたから、おこづかいあげるね。さあ、ここへおいで」
すると、財布の口がパカンと開いて、光が射しこんできた。
僕は、ドキドキしながら、財布の口の方を見た。
すると、おばあさんのしわしわの手が伸びてきて、隣にいた100円玉をつまんだ。
100円玉は、とってもうれしそうに、みんなに「さよなら、また会おう」と言って、財布から出て行った。
「さあ、さよちゃんこれをあげるね。これでお菓子を買っておいで」
「わー、おばあちゃんありがとう」という声が聞こえた。
財布の口はまだ開いていた。次は僕かなとドキドキして待っていたが、僕ではなく少し離れたところにいた100円玉だった。この100円玉も、少し誇らしげな顔をしてみんなにさよならを言うと、おばあさんのしわしわの手につかまれて出て行った。
「さあ、みきちゃんにはこれね」
「わー、ありがとう。これであめが買える?」
「そうね、みきちゃんの好きなあめは、あと20円いるね」
おばあさんは、そういうと、もう一度財布の中に手を入れて、二つの10円玉を取り出した。
「さあ、これも持っておいき」すると、
「私も私も、それほしい」と、先に100円玉を受け取った子どもが言った。
「そうだね、あめを買うにはもう20円必要だね」
そういって、もう一度おばあさんは財布の中に手を入れた。
僕はどうか僕を選んでとこころの中で祈った。
すると、おばあさんのしわしわの手が僕を初めてつかんだのだ。
僕は「やったー!」と、喜んだ!
おばあさんの手はとてもあたたかかった。
さっきまで、話をしていた同じ顔の10円玉に「さよなら」と言うと
「若いの、またな。しっかりお役にたつんだぞ」と言って別れた。
財布の外に出た僕は、おばあさん以外の大きな人間を見た。
おばあさんより少し大きい人間は、ママと呼ばれる人間で、笑っていた。
子どもと呼ばれる小さい人間は、目がくりくりして、肌もつるつるしていた。
おばあさんよりも小さな手で、僕をそっと手のひらに乗せた。
「わーおばあちゃんありがとう。これであめが買えるわ」
僕は生まれて初めて、子どもの手のひらに乗せられた。暖かくて柔らかかった。
最初に出会った100円玉が話してくれた通り、とても心地良かった。
柔らかい手は、僕ともう一つの10円玉と100円玉をそっと握って、ママと呼ぶ大きな人間に渡した。
「ママ、おばあちゃんからもらったの。うれしい」すると
「はいはい、よかったわね。みきちゃんの貯金箱に入れておきましょう」と言って、僕は今度はちょっと大きめの箱に入れられた。そこには、すでに僕と同じ顔の10円玉がいっぱい入っていた。僕は
「こんにちは、初めまして。ここはどこですか?」と聞いた。
「貯金箱だよ」とすぐ隣の10円玉が教えてくれた。
「ここは何をするところなの?」と聞くと、
「俺たちは、ここで眠っていればいいの」
「僕たちはここで眠るだけで、人間の役にたつの?」
「そうだよ。いずれこの箱がいっぱいになったら銀行というところへ連れていかれるんだ。そして、お札と交換される。それを人間たちは使うんだ」
「僕たちがいっぱいになったらいいんだね?」
「じゃ、友達を呼ぼうかな」
「友達?そんなのどうやって?」
「ぼくはね、このおばあさんの財布がはじめてだったのだけど、この財布の中でたくさん友達を作ったんだ。おばあさんが、みんな友達だとおしえてくれたのさ。毎朝財布をあけて、掃除をしてくれるんだ。僕たちは財布から外に出て、しばらく光にあたったり、窓から吹いてくる朝に爽やかな風にあたりながら、いろんな話を聞かせてもらったよ。おばあさんは、僕たちはみんな友達だから仲良くするんだよと教えてくれた」
「どうせ、バラバラになって会えなくなるのにか?」
「大丈夫。お金は巡るらしいよ。廻って回ってまた、会えるんだって。おばあさんが教えてくれたんだ」
「へー、俺はきっとお前よりも長くお金と付き合っているけど、そんな話聞いたことないな」
その10円玉は、顔がとても黒くて汚れていた。僕よりも古いことはすぐにわかった。
「うん、僕は新しくて知らないことがとても多いけど、周りのお金に話を聞いたらいろんなことを教えてくれたよ。あなたは、ここに来るまでにどこへいたの?」
「俺はな、もうずいぶんくたびれちまって、顔もこの通り真っ黒よ。でもな、いろんな人間の財布に入ってきたけれど、そんな毎朝、財布を掃除するやつなんかいなかったぜ。それどころか、いつも財布は汚いし、お札ってやつとも一緒にいたこともある。窮屈で、暗くて、財布ってところは大嫌いだ」
「そうなんだね。どんな人間の財布に入っていたの?」
「それはそれは大勢の財布を渡り歩いたよ。時には大きな男という人間の財布だったり、またそこから、大きな女という人間の財布に入ったり、俺たちは、レジというお店の箱の中に入れられて、釣銭という役割を与えられたりするんだ。同じ顔の10円玉ばかりが、ざらざら入ってる器なんだぜ」
「へー、その中で一番心地よかったところはどこだったの?」
「そんなところはなかったよ。時は地面に落とされて、何日も誰にも見つけられなくて、顔が真っ黒になったり、やっと拾われたと思ったら、人間が飲むジュースのいっぱい入った大きな箱に入れられて、何日もその箱の中で、ちゃりちゃり動いていたこともあったな・・・」
「へー、ジュースって人間が喜ぶものなの?」
「そうだよ。俺たちお金と交換するんだ」
「面白そうだな」
「面白くもなんともないぞ。ただ、まっくらの大きな箱の中で、細い管を通って、流れていくだけだからな」
「そうなんだ。僕はまだ行ったことないから、一度は行ってみたいな」
貯金箱の中では、周りにいるたくさんの10円玉の話を聞いた。
時々、チャリチャリと別の10円玉が入ってくるけど、僕の上に乗ってきているので、光は見えなかった。おばあさんの財布が恋しかった。
毎朝、掃除してくれて光を見せてくれて、風にふかれながら、みんなと話をしたことがとてもなつかしかった。僕はずっと同じ位置で、同じ方向を向いていたけど、外の世界が知りたくて、周りの10円玉たちに、外の世界のことを聞いていた。




