第八章 おばあさんを助けたい
僕たちお金は、人間を喜ばせるためにいろんなものと交換される。
それが僕たちの仕事になっているということはよくわかった。
この世界いろんな人間がいて、いろんな財布があることも学んだ。
必ずしもおばあさんのように毎朝財布の掃除をする人間は少ないことも知った。
冒険していると、いろんなお金に出会って、いろんなお金の役割や人間のことを教えてもらった。
僕はお金であることを誇りに思っていた。
10円玉というちっちゃいお金ではあるけれど、たくさん集まれば、お札と同じくらいの価値があり、人間を喜ばすことができることを学んだからだ。
しばらく、レジの中にいたのだが、いつも突然なのだが、外へ出ることになった。
レジの中でお話していたお金にさよならを伝えると僕は、また別の人間の財布に入った。
その人間は、歩いて動いていた。しばらくすると、静かな場所にカバンを置いたのだろう。
もしかしたらその人間の家かもしれない。
僕たちは、しばらく黙って外の様子をうかがっていた。
「やっと家に着いたようだな」と別のお金が言った。
「ここは家ですか?」と僕は聞いた。
「そうだな。その財布の持ち主は、一人暮らしで、家と仕事場との往復をしているようだな。俺はもう一週間財布の中にいるけれど、家の中で話すのを聞いたことがないな」
「じゃ、この人間に家族はいないのかな」
「遠くに暮らしているお母さんがいるみたいだけど、電話で少し話すだけで、会いに行くことはないみたいだな」
そのあと、僕は眠たくなって眠ってしまった。
次に僕たちは、動き出して、カバンを持った人間は騒がしい場所を通って、会社というところへ動いた。
僕は周りのお金に聞いてみた。
「ここは、この人間が働いている会社ですか?」
「そうだよ。会社でもこの人間はあまり話をしないようだ。お昼になってご飯を食べに行くときにまたこのカバンを持って、動くんだ」
「お昼まで、動かないのですね」僕は、なんとなくおばあさんのことを思っていた。
この財布の中ではまだ、おばあさんの財布の話をしていなかった。
でも、何となく黙っていた。
お昼になって、いきなり人間は動き出した。
「さあ、きっとお昼のご飯を食べにどこかへいくんだよ」と財布の中のお金が言った。
暗くて10円玉なのか100円玉なのかわからなかった。
「どこへ行くんだろうね」と僕がつぶやくと、隣にいたお金が言った。
「俺たちは、一瞬外に出るだけだから、この人間が食べてるものとかお店の様子はわからないんだ」
「そうだよね。君はここへ来る前には、どんな人間の財布にいたの?」と僕は聞いた。
「私は、長いこと神社の賽銭箱の中にいたのよ。少し前にご住職がお賽銭箱のお金を銀行に持って行って両替したの。それで、しばらく銀行にいて、外へでてきたってわけ」
「へー、お賽銭箱の中って、居心地いいの?」
「そうね、私と同じような10円玉や五円玉が多いけれど、時々1000円札とか10000円札も入っているわね。でも、人間たちがいろんなお願い事ばかりしているから、私たちはじっと静かにしていることがおおいわね。あまり居心地がいいとはいえないわ」
「へー、僕はまだ入ったことがないから、興味あるな。僕が初めて入った財布の持ち主はおばあさんでね、毎朝財布のお掃除をしたんだ。そのおばあさんのことが忘れられなくて、もう一度入りたいと思っているんだ」
「それって、あの町に住んでいるおばあさんよね。そのおばあさんが毎朝お参りしていた神社のお賽銭箱にいたのよ」
「えっ、そうなの?おばあさんは元氣?」
「あなた、おばあさんの財布にいたのね。それがあるときから、ぷっつりと来なくなったの。私も氣になっていたのだけれど」
「どうしたのかな?」
すると、財布の中にいた別のお金が言い始めた。
「その神社に通っている別の人間のお願い事を聞いたんだけど、どうやらおばあさんは、骨を折って入院しているようだよ。早く良くなりますようにと祈っている人間の財布にいたから、そう聞いたよ」
僕はその話をきいて、おばあさんの娘さんだと思った。
「そうなんだ。骨を折るって人間にとっては大変なこと?」
「そうだね、治るまでしばらく入院しないといけないんじゃないかな?」
「入院って?」
「病院に寝泊まりして、けがを治してもらうんだよ」
「そうなの?」
「お金もたくさん必要になるだろうな」
「ええー、大変だ。おばあさんたくさんお金持っていなかったかも?」
「そうか、おばあさん困っているのかな?」
「わからない、友達に聞いてみたら?」
僕は前に10000万円札に教えてもらった光の粒を飛ばすことにした。
「おばあさんの様子を教えてください」と念じた。
そして、今まで友達になったお金の顔を思い浮かべて光の粒を送った。
すると、どこからか駄菓子屋で一緒にいた10円玉から、おばあさんの情報がやってきた。
「おばあさんは足の骨を折って、しばらく入院しているようだ。お金がたくさん必要らしい」と教えてもらった。
僕は10円玉に「ありがとう」とお礼を伝えた。
おばあさんは、困っているのだろう。僕は何かおばあさんが喜ぶことをしてあげたかった。
何ができるだろうか、しばらく考えた。
これまで旅をしてきて、たくさんのお金に出会ったけれど、僕が話していたのは、振り返ってみるとおばあさんの財布のことばかりだった。
それで、多くのお金たちがおばあさんの財布に入りたいと言ってくれた。
そのことを思い出して、今こそおばあさんの財布に入ってほしいと思った。
そうしたらおばあさんも困らなくて喜んでくれるはずだと思った。
僕は、これまであったお金たちの顔を思い浮かべて、おばあさんが入院して困っているから、友達と一緒におばあさんの財布に入ってくれるように祈った。
しばらく僕は熱心に祈ったのだった。
僕の送った光の粒が、あちこちの友達に届いていった。
僕が話したおばあさんの財布に、みんな入りたいと思ってくれたようで、おばあさんの財布に入れるように光の粒を送ってくれた。
すると、不思議なことが起った。それぞれがいる場所で、おばあさんの財布の話をしてくれた。
ある10円玉は銀行の金庫の中で、おばあさんの財布の話をした。ある100円玉は、分厚い財布の中で、おばあさんの財布の話をしてくれた。ある一万円札は、レジの中でおばあさんの財布の話をしてくれた。お金からお金へ、おばあさんの財布の話はドンドン広がっていった。
そして、少しずつお金たちは、おばあさんの財布にめがけて動いていったのだった。
僕も今いる財布の中で、一生懸命おばあさんの財布の話をしてみんなにおばあさんを助けてあげてとお祈りをした。ほとんどのお金たちが、次に行った先でもおばあさんの財布の話をしてくれた。
そうやって、一か月も経たないうちに、おばあさんの財布の話はたくさんのお金に届いた。
おばあさんの足は少しずつ良くなって、退院の日が近づいてきた。
おばあさんは、病院の治療費が高いのではないかと心配していた。
ある日、お見舞いにきた娘さんがおばあさんに言った。
「おかあさん、具合はどうかしら?もうすぐ退院できるってお医者様が言われたわよ」
「ありがとうね。足は日に日に良くなってるよ。でも、治療費が心配でね」そう言うと、
「お母さん、大丈夫よ。ずっと貯金していた定額預金が、思った以上にたまっていたの。だから心配しないでね」と言った。
おばあさんは、ほっとしたのか、またベッドに横になり、胸の前で手を合わせて「ありがとう」と言った。
これは後から知った話だけど、人間の世界には貯金という方法があるらしい。
自分のためにあるいは家族のために銀行で、お金をためておくと「利子」という別のお金が追加されて、お金が増えるのだそうだ。
僕にはその仕組みがよくわからなかったけれど、つまりはおばあさんの治療費は、集まったということだった。




