第九章 たどり着いた財布
僕はおばあさんのことが氣になっていたけれど、どうなったのかはまだ知らなかった。
いろいろな人間の財布を渡り歩いていた。
違う財布に入るたびに、おばあさんの財布の話をしていたし、僕ももう一度おばあさんの財布に入れるようにと、毎日祈っていた。
ある日、僕はまた前に入ったことのある駄菓子屋さんのレジの中に入ることができた。
ここのおばあさんは、めがねをずらして、お金を数えていた。
ここに来れたらもしかしたら、あのおばあさんが来るかもしれないと、なんだかワクワクした。
夜になって金庫に入れられた時、僕はまわりのお金たちに、またおばあさんの財布の話をした。
「その話、3回くらい聞いたよ。この近くに住んでいるおばあさんだろ?」
「私も聞いたわ。毎日お掃除してくれるんでしょ?きっと氣持ちいいわよね。私も入りたいわ」
「僕も聞いたよ。銀行の金庫でもうわさになっていたからね」
「そうなの、あーよかった。僕も毎日お祈りしていたんだよ。みんなありがとう。おばあさん無事に退院してたらいいんだけど」
「3人のお孫さんがいるって聞いたわ。もしかしたら、退院してこの駄菓子屋さんに来るかもね」
「そうだね。その時にこの中の誰かは、おばあさんの財布に入れるかもよ」
金庫の中のお金たちは、ざわざわし始めた。みんな自分が入りたいと言い出したのだ。
「僕は、そうなったらうれしいなと思うよ。でも、誰が入れるかはわからないよね。もし、おばあさんの財布に入れたら、僕からのありがとうを伝えてくれる? 毎朝お財布を掃除してくれたことは、当たり前じゃなかったことがよくわかったよ。朝の太陽と爽やかな風を感じられることは、本当にしあわせなことだったと伝えてほしいな」
本当は僕がおばあさんの財布に入りたかったけれど、おばあさんがここに来るかどうかもわからなかった。それに、おばあさんの釣銭として入れるかどうかもわからなかった。
だから、金庫の中の他のお金に、僕の思いを託したんだ。
それから、3日の間僕は駄菓子屋さんのレジの中にいた。なかなかおばあさんは来なかった。
おばあさんはまだ、病院の中にいるのか?お金は足りたのか?困っていないか?そんなことを毎日考えていた。太陽が低い位置に移動して、そろそろお客さんも少なくなったころ、小さな子供の声が聞こえた。
「ばあちゃん、早く早く、お店あいてたよ。早く来て」
「はいはい、ちょっと待ってちょうだい。ばあちゃんは病院から出てきたばかりで、早く歩けないのよ」
僕ははっとした。あの声はおばあさんじゃないかな?そう思った。
「いらっしゃい」
「こんにちは。よいしょっと。やっと着いたわ。間に合ったわね。この子にお菓子を見せてやって下さいな」そう言った声は、やっぱりおばあさんの声だった。
僕は、うれしくて胸が躍った。
「しばらく顔みなかったね。どうしてたん?」
「ええ、足の骨を折ってね。しばらく入院していたんですよ。今日は娘が仕事で遅くなるからと言ってこの子を預ったんです。みきちゃん、お菓子は二つまでにしてね。夕ご飯食べれなくなるからね」
「はーい」とかわいい声がした。
「それは、大変でしたね。もう、治ったんですか?」
「はい、おかげさまでぼちぼち歩いています。一人暮らしですから、歩けないと困るのでね。治ってよかったです」
「そうですか、良かった、良かった。じゃこれは、退院祝いで差し上げます」
駄菓子屋のおばあさんは、おばあさんに何か渡したみたいだ。
僕は、おばあさんが無事に退院したことを、二人の話を聞いてやっとわかった。とても安心した。
レジの中で、話を聞いていた他のお金たちも、くちぐちに「よかった、よかった」と言っていた。
「ばあちゃん、私これがいい」と言って、お菓子を持ってきたようだ。
いよいよ、おばあさんの財布からお金たちが出る番だ。
レジの中の僕たちもドキドキしながら、その時を待った。
僕は最後の祈りをした。
どうかもう一度おばあさんの財布に入れますようにと。
「190円になります」と駄菓子屋のおばあさんは言った。
「はい、じゃこれでお願いします」とおばあさんの声が聞こえた。
おばあさんはいくら出したのだろう?
その時、レジが「チン」と鳴って開いた。僕たちは「おおー」と歓声をあげて待った。
100円玉が2枚入ってきた。ということはお釣りは10円玉だ。
僕はドキドキしながら、選ばれますようにと祈った。
もし、選ばれなくてもおばあさんが元氣になったことがわかったので、それだけでうれしかった。
だから、どの10円玉が選ばれても文句などなかった。
おばあさんはきっと、毎朝財布を掃除して、僕たちお金に「ありがとう」と言っているのだろう。
その姿が目に浮かんだ。それだけでしあわせな氣分になった。
すると、その時にふっと指でつままれる感覚がした。ぼくはふわりと宙に浮いて、お釣りを入れるお皿に入った。レジのみんなが、「おお~」と歓声をあげて僕を見送ってくれた。
僕もみんなに「ありがとう」と言ってさよならした。
見上げると、そこにはおばあさんの優しい目が見えた。
おしまい。




