第六章 第一話 新しい冒険
第一話 新しい冒険
また朝になったようだ。シャッターがガラガラ開く音がして、おばあさんが金庫をもって椅子に座った。「おはよう、今日もよろしくね」と言って、またレジの中へ僕たちを入れた。
僕は今日はどんなお客さんが来るのかわくわくしていた。
おばあさんは、白い雑巾というもので、お店の棚の掃除や、窓をきれいに拭いていた。
朝のうちはあんまりお客さんは来ないみたいで、近所の人と「おはよう」とあいさつをしては、たわいのない話をしていた。その人たちはお客さんではないようだ。
しばらくして、小さな子どもの声がした。「これ下さい」次におばあさんの声がした。
「はい、いらっしゃい。このキャンディー3つね」チャリとお金の音がして、僕たちの中に入ってきた。
その子どもはもうすでに、そこから立ち去っていたようだ。
新しく僕たちのいるレジに入ってきたお金はほぼ真っ黒な顔をしていた。
僕は興味津々でどこにいたのか聞いてみた。
「こんにちは、皆さんはどこから来たんですか?」すると
「人間の子どものポケットにしばらく入っていたんだよ」
「子どものポケットですか。子どもは優しかったですか?」
「どうかな、そいつは毎日同じ服を着て、自動販売機の釣銭を探しに行ったり、公園でお金が落ちていないか探したりしてたんだ。俺は長いこと自動販売機の下に落ちていて、ある日その子に拾われた。だけど、その子は家に帰るとおやじという人間に毎日怒鳴られて、何もしゃべらなかったな」
「あなたもジュースの入った自動販売機の下にいたんですね。僕もいたんですよ」僕がそういうと
「そんなにうれしいことじゃないぞ。俺は何日もそこにいたんで、この通り顔が真っ黒よ」
「そうだったんですね、それはさみしかったですね」
「淋しい?そんなの通り越してたよ。俺よりも拾った子どもの方が淋しかったんだと思うよ。家に帰ってもおやじという人間の怒鳴り声しかしないし、そいつの靴なんてボロボロだったしな」
「どうして、ボロボロだったんだろう?」
「そりゃ、新しいくつを買ってもらえないからさ」
「新しい靴を買うのにお金が必要なんですね」
「そうだよ、でも、その子のおやじは、昼間からお酒というものを飲んでいつも怒鳴っていたから、仕事もしてなかったんじゃないかな?」
「そうだったんですね。子どもでもいろんな子どもがいるんですね」
「そうだよ。みんなお金を求めて、必死なってはたらいているわけじゃないんだ。そのおやじは毎日仕事がなかったのかな?それとも夜に働いていたのかな?でも、そのお金はほとんどお酒というものに交換されて、子どものご飯や着るものには交換されなかったんだと思う。子どもは一人淋しそうにしていたよ」
「いろんな子どもがいるんだね」僕は新しく入ってきた10円玉の話を黙って聞いていた。
人間にも種類があって、毎日お掃除したり、僕たちに話しかけてくれる人間もいれば、ずっとポケットにお金を入れてる人間もいる。
僕たちをお菓子と交換する人間もいれば、お酒というものに交換する人間もいる。
僕は他のお金たちから、いろんな話を聞くのが楽しかった。
そして、僕の最初にいたおばあさんの財布の話をすると、ほとんどの友達が、入ってみたいと興味を持ってくれた。僕はいつかまたおばあさんの財布に行きたいと願っていた。
その日もう太陽が低い位置に動いていたころ、僕の出番が突然やってきた。
大人と人間がお菓子を買いにきたようで、しばらくおばあさんと話をした後、僕はお釣りという名前で、おばあさんから呼ばれて、その人間の財布に入った。
レジを出る時に、おばあさんの暖かい手に一瞬握られたが、すぐにその人間の財布に入れられた。
僕はどこへいくのだろうと、わくわくしていた。また新しい冒険が始まるのだ。
その日の夜は、その人間が家に帰って財布をどこかに置くまで、他のお金たちとざわざわと財布の中で動いていた。いつも思うけど、財布の中は暗くて、狭くて居心地がよくない。
同じような顔をしたお金と一緒のことが多いけど、この人間はお札という紙のお金を小さく折って同じ財布に入れていた。
人間の足音が小さくなると、あたりはしーんと静まり返った。
僕たちは、どこかに置かれて、人間はどうやら別の場所に行ったようだ。
駄菓子屋のおばあさんみたいに、店と家が繋がっていて、声が聞こえることはなかった。
しばらくして、近くにいたお金が話し出した。
10円玉なのか100円玉なのかは暗くてわからなかった。
「おれたち、まだこの財布にいるのかな」
「ここは居心地が悪いから、早く出ていきたいよな」
「ここでは、朝財布を掃除しますか?」思わず僕はそのお金たちに聞いてしまった。
「はあ、財布の掃除なんてしないよ。このままカバンと一緒に、会社に持っていくんじゃないかな?」
「この人間は会社というところに行くのですか?」
「たいていの人間は会社と言うところで、働いているぞ」
「へー、そうなんですね。子どもには会えますか?」
「お前、何言ってんだよ。新人か。まだ何も知らないんだな、子どもは会社にはいないよ」
「はい、最近銀行から出てきて、冒険が始まったばかりです」
「そうか、それなら教えてやろう。毎朝財布を掃除する人間なんていないよ」
「そうだ、そうだ。俺たちは人間が財布を開くまで、真っ暗な財布の中でじっとまってなきゃいけないんだ」
「そうなんですか、僕が初めて入った財布の持ち主は、毎朝財布を掃除して、僕たちを広いお皿に出して、太陽と朝の爽やかな風に当ててくれたんだ。おばあさんは毎日僕たちに「ありがとう」と言ったり「お友達をたくさん連れて帰っておいで」とか声をかけてくれたんだ」
「へー、聞いたこともないぞ。そんな人間がいるなら、一度見てみていな」
「うん、そのおばあさんはたくさん友達を連れてきてと言ってたから、みんなで行こうね」
「そんな人間がいるなら、私も行ってみたい」とまた別のお金が言った。
「いるんだよ。本当だよ。だから、お金は人間を喜ばせるとても大事な仕事をしてるんだって、おばあさんに教えてもらったんだ。僕もいつかはまたおばあさんのお財布に帰りたいよ」
「へー、すごいな、本当にいるんだな。うわさでは聞いたことあったけれど、本当にそのおばあさんの財布に入ったやつには、初めてあったわ」
「うん、本当だよ。僕もこの話がみんなにできてうれしいよ。ぜひ、行ってみてね」
お財布の中は、真っ暗なままで、僕と同じ10円玉がどこにいるのかもわからなかったけど、隣にいた小さなお金が1円玉というのは何となくわかった。
「ねーねー、そのおばあさんどこにいるの?」と聞いてきたので、おばあさんのいるところをいつものように、詳しく話した。他のお金も耳を澄まして聞いていた。
その次に財布が開けられるまでどれくらい時間が過ぎたのかはわからなかったが、財布はカバンという人間の持ち物に入れられたまま、どうやら会社へ運ばれたらしい。
僕は会社というところを見たことなかったから、ワクワクしていた。
会社の中では、カバンの中で、周りの音や人間の声に耳を澄ませていた。
たくさんの人間がいるようで、銀行とはまた違っていた。
話している内容はわからなかったけれど、人間は仕事ということをして、お金をもらうらしい。
この人間はどうやら大人の男性のようだ。あまりお話はしない仕事なのかな。
しばらくして、いきなり財布が開いた。ぱーっと明るくなって、たくさんの光が見えた。
すると、お札と言う紙のお金をひょいとつまみ出して、何かと交換するらしい。
お札は眠っていたのか何も言わずに、外へ出て行った。
小さく折ってあったので、いくらのお札かはわからなかった。
その次に僕の方へ指が伸びてきて、ひょいとつかまれて外へ出た。
みんなには「また、会おうね」と言ってさよならした。




