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婚約者様は、あの子のお薬がどこから来ると思っていらしたのでしょう  作者: 九葉(くずは)


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4/10

第4話 リーゼロッテ

束の匂いは、三日目でようやく分かってきました。


クラリス様が置いていってくださった乾いた葉を、枕元の盆に並べています。図譜の頁をめくって、葉の形と見比べます。四つのうち二つは名前が分かりました。あとの二つは、まだです。


名前は、クラリス様が紙に書いてくださいました。そのうちの一つの下に、南の谷にもあるそうです、と添えてございます。谷という字を、わたしは何度か指でなぞりました。


匂いを嗅ぐと咳が出ます。ですから一度に一つだけにしています。


三日で四つ。これがわたしの、この冬の仕事です。けれど、朝に起きて、日が暮れるまでにやると決めたことがあるのは、久しぶりでございます。


窓の布は昨日、侍女が張り直してくれました。隙間風が止まると、部屋の空気が動かなくなります。


起きていられるのは、日に三刻ほどでございます。そのうち一刻は食事と着替えに使います。残りで、本を読むか葉を見るか、どちらかを選びます。


枕元の呼び鈴は、紐の先が擦り切れております。夜中に鳴らすと、下の部屋の侍女が起きてきます。去年の冬は、ひと月に二十度ほど鳴らしました。今年は、まだ四度でございます。


変わったのは、届く日の間隔です。前は七日ぶんが十日おきに来ることがありました。今年は七日ごとに来ます。


昼前に、アルベルト様がいらっしゃいました。


「リーゼ。起きているか」


「はい」


「顔色がいい。冬のこの時期にしては珍しいな」


アルベルト様はいつも、部屋に入ると窓のほうへ行かれます。それから寝台の脇の椅子に座って、膝に手を置いて、こちらを見られます。八年、この順番が変わりません。


「今日は町へ寄ってきた。橋の普請が始まっていて、荷馬車が回り道をしている。それで少し遅くなった」


「お忙しいのに」


「忙しくない。今日は父上が領地の集まりで、母上は王都の親戚のところだ。それに橋のことで人手が要る。だから、来られるうちに来ておこうと思ってな」


三つ。アルベルト様がお話しになるときは、いつも理由が三つ並びます。


そう仰います。けれど、橋に人手を出す差配をなさるのは、この方ではありません。ラウテン家の差配の方です。


「本を読んでいたのか」


「図譜です。葉の形が載っております」


「そういうものが好きなんだな。今度、王都の本屋で探してこよう」


「ありがとうございます」


去年も同じことを仰いました。一昨年も。本は届いておりません。この方は、その場で思いついたことを口に出されるだけです。口に出したことは、この方の中では済んだことになります。


盆の上の葉を、アルベルト様はご覧になりません。図譜の頁も、開いたまま伏せてあるのに、何の頁かとはお尋ねになりませんでした。


「クラリスは冬でも風邪ひとつひかない。丈夫な人だ。あれで少しは休めばいいんだが」


「休んでいらっしゃらないのですか」


「さあ。休んでいるんじゃないか。温室くらいのものだろう、あの人がやっているのは」


「そういえば」


椅子の背に、少しもたれられます。


「今週は、クラリスから薬を預からなかった。忘れていたわけじゃない。温室のほうに寄る時間がなくてな」


「そうでございますか」


「足りているか。足りていないなら、明日にでも取りに行く」


わたしは息を吸いました。細く、二度に分けて。


「足りております」


「そうか。よかった」


アルベルト様は本当に安心したお顔をされます。この方は嘘をつかれません。安心も心配も、そのまま顔に出ます。


「先週の分が残っていたのか」


「いいえ」


小箱は、クラリス様が置いていかれたものです。桐の薄い箱で、蓋には何も書いてございません。中に八包、きちんと並べて入れてありました。並べ方まで、毎回同じでございます。


わたしは枕元の小箱に手を伸ばしました。蓋を開けて、薬包を一つ取り出します。


「これでございます」


「ああ。それだ」


「アルベルト様。これを、ご覧になったことはございますか」


「見ているだろう。毎週、俺が運んでいる」


「運んでいらっしゃるのは、袋です」


部屋の中が静かになりました。廊下で侍女が何か落とす音がして、それから、また静かになります。


わたしは薬包を、アルベルト様の目の高さまで持ち上げました。


「包み口をご覧ください。二度、折ってございます」


「……ああ」


「湿気ると効きが落ちますので、一度では足りないのだそうです。三年前の冬から、この折り方に変わりました。それまでは一度折りでした」


アルベルト様は薬包を見ておられます。


「折り方が変わるということは、折っている方がいるということでございます」


「それは、そうだが」


「同じ手の方が、八年折っておられます」


わたしは薬包を膝に下ろしました。それから、もう一度息を吸います。長い言葉は、続きません。


「アルベルト様。その薬は、クラリス様の温室で摘まれたものです。八年、一度も変わっておりません」


アルベルト様は、何も仰いませんでした。


膝に置かれていた手が、動きます。動いて、行き場を探すように途中で止まりました。それから、椅子の肘掛けを握られます。


「毎週、袋を受け取っていた」


「はい」


「中を、見たことがなかった」


「はい」


「クラリスの、温室で」


「はい」


アルベルト様は椅子から立ち上がられました。それから、また座られます。行き先のない立ち上がり方でした。


「あの家の温室は、薬草も出していたのか」


「この地方でいちばん多く出しております」


「知らなかった」


「存じております」


「クラリスは、そういうことを言わない人だから」


「はい」


「言ってくれれば、俺だって」


そこで止まられました。何を言えばよかったのか、たぶん、ご自分でも分からなかったのだと思います。


存じております、とだけ申し上げました。けれど、この方は続きを待っておられます。八年、待たれたことのないほうがわたしですのに。


「三年前の秋に、一度だけお尋ねしました。この薬はどなたが用意してくださるのですかと。アルベルト様は、家の者が用意している、とお答えになりました」


「……言った気がする」


「家の者、とはどなたのことでしょう」


答えは返ってきませんでした。


窓の布が、内側へ少し膨らみます。風が出てきたようです。今夜は冷えるでしょう。冷える夜は、薬を一包多く飲みます。


「あの人は、俺がいなくても平気なんだ」


「そうでございましょうか」


「平気だろう。八年、何も言わなかった」


八年、何も言わずにいられる方は、平気な方でしょうか。そう申し上げようとして、やめました。それは、わたしが申し上げることではございません。


「クラリスは、丈夫だから」


八年、何度も聞いた言い方です。丈夫だから、放っておいてよい。丈夫だから、後回しにしてよい。わたしは、その言い方の裏側におります。弱いので、優先される娘でございます。


「なぜ、今まで黙っていた」


その問いは、たぶん、責めるおつもりではなかったのだと思います。声が細くなっていましたから。


「言えば、わたしの居場所がなくなると思っておりました」


「そんなことはない」


「ございます。わたしは、お二人のあいだの理由でございました」


アルベルト様は、わたしを見られました。


「理由がなくなれば、わたしはただの、薬をもらっているだけの娘になります。八年、それが怖うございました」


咳が出ました。三度。手のひらで口を押さえて、収まるのを待ちます。アルベルト様は水差しに手を伸ばそうとして、どこにあるか分からず、寝台の周りを見回されました。水差しは八年、同じ場所に置いてあります。


「クラリス様は、今週いらっしゃいました」


「クラリスが、ここへ」


「先週も。これからは直接お届けくださるそうです」


わたしは薬包を持ち直しました。紙の端が、指の汗で少し柔らかくなっています。


アルベルト様は、わたしの手の中の薬包を、初めてご覧になりました。

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