第4話:旅人の噂と、出迎える笑顔
「旦那!今日も仙人様のおにぎりを三つ頼む!」
「はいよ、毎度あり!お気をつけて!」
昇太の威勢の良い声が、昼下がりの街道に響く。
おにぎり屋を開業してしばらく経ち、店は連日のように客足が絶えない大繁盛となっていた。
特に昇太の店を贔屓にしてくれるのは、江戸から地方へ向かう旅人や、書状を届けて街道を走る飛脚たちだった。
「いやぁ、旦那のとこのおにぎりは本当に『飛ぶ』な!いつもなら江戸を出てすぐ足が鉛みたいに重くなるのに、ここのおにぎりを食った日には、日が沈む前には次の宿場町に着いちまうんだ!」
「仙人様の力が宿ってるって噂、本当みたいだな。これがないと、もう長旅はできねえよ」
客たちは口々にそんな口コミを広げていた。
(やっぱり、玄米と大豆のビタミンがしっかり効いてるということだよな!)
昇太は内心でガッツポーズをしながらも、飛び交う注文を一人で捌き続ける。米を炊き、握り、売り、片付ける。そのすべてを一人でこなす激務により、昇太の疲労は確実に蓄積していた。
一方、同じ頃。昇太の借りている長屋の一室では。
あやが壁に手をつき、ゆっくりと立ち上がる練習を繰り返していた。
栄養満点のおにぎりと日々の看病により、あやの頬にはすっかり健康的な桜色の血色が戻っていた。極度の栄養失調でガリガリで痩せ細った頃とは違い、見違えるように回復している。
(もう少し……もう少しだけ)
まだ足取りはおぼつかなく、一人で歩き回ることはできない。それでもあやは、昇太が店に出ている間、何度も何度も壁伝いに立つ練習を続けていた。
時には床に倒れつつも…
命を救ってくれた旦那様は、毎日身を粉にして働き、泥のように疲れて帰ってくる。せめて帰ってきた時くらいは、寝転がったままではなく、きちんと立って出迎えたい。その一心だった。
その日の夕暮れ時。
「あー……今日も疲れた……」
売り切れの札を出し、片付けを終えた昇太は、重い足を引きずりながら長屋へ帰り着いた。肩から提げた荷物が、今日はやけに重く感じる。
「あや、今帰ったよ……」
昇太が力なく長屋の戸を開けようとした、その時だった。
「お帰りなさいませ、旦那様」
ふと視線を上げると、長屋の入り口に立つあやの姿があった。
柱に両手をしっかりとつき、必死に体を支えながらではあるものの、あやは確かに自分の足で立ち、昇太を待っていたのだ。
「あや……!お前、入り口まで……!」
驚く昇太の前で、あやは少し足を震わせながらも、花が咲くような柔らかい笑顔を見せた。
「はい。旦那様のお帰りをお待ちしておりました」
真っ直ぐに自分を見つめる、その温かい出迎えの言葉。
あやの姿を見た瞬間、昇太の体にまとわりついていた泥のような疲労が、不思議とふっと吹き飛んでいくのを感じた。
「……ただいま、あや」
昇太の顔にも、自然と優しい笑みが浮かぶ。
夕日に照らされた長屋の入り口で、二人の絆がまた一つ、静かに深まっていた。




