84話 切り札
「ライゼン! だめだだめ。そんなんじゃ、仲間の死が報われないな! はははは!」
ゼファキスが勝利を確信し、冷酷な嘲笑を荒野に響かせた――その瞬間。
バチチチッ――!!
「が……ッ!……ぐあぁぁぁぁぁッ!?」
突然、ゼファキスの腹部を内部から貫くように、凄絶な紫電が弾け跳んだ。
腹を突き破り、全身の神経を一瞬で焼き焦がす激痛と強烈な麻痺。ゼファキスの白銀の髪が逆立ち、口からドッと大量の血が吹き出す。絶対の防壁を誇っていたはずの肉体が、内部からの破壊によって激しく損壊していた。
ゼファキスは信じられないものを見る眼差しで、絶句しながら眼下を見下ろした。
「だれだ……!? ライゼン……!?」
「あー……そうだよ……ッ! やっと、捕まえたぜ……!」
腹部を貫く雷の主――それは、上空から落ちるように姿を現した、血塗れのライゼンだった。
「馬鹿な……お前は死んだはずだ……!」
ゼファキスが混乱のまま振り返ると、つい先刻まで首を跳ね飛ばしたはずの「ライゼン」の胴体と頭部が、パチパチと不気味な放電音を立てながら、霧散するように空気中へと消えていく。
「雷の…ダミーか……小癪な……ッ!」
「小癪で結構……! これが、俺の全力を賭けた技だッ!」
ライゼンは腹を貫いた右拳にさらに魔力を込め、ゼファキスの内臓を焼きちぎるように高圧電流を叩き込んだ。
ゼファキスの能力は完璧だった。
視界に捉えた攻撃は『転送』し、座標を認識した対象は『空間断裂』で切り裂く。
だが――逆に言えば、「認識していないもの」には対処できない。
ライゼンが直前に放った、全方向への無差別な雷撃。あれは単なる悪あがきでも、ゼファキスを狙った攻撃でもなかった。
周囲の大気を極限までイオン化させ、自らの体を雷化させ大気に紛れ込ます『帯電領域』を作り出すための布石だったのだ。
ゼファキスが「ライゼンが突っ込んでくる」という強烈な視覚情報に囚われ、その首を切り落として勝利を確信した隙。
ライゼン自身は全身を完全なる「雷」と同化させ、周囲の空間に撒き散らした幾筋もの雷光の「一筋」として、ゼファキスの真上の宙に静かに潜んでいた。
首を跳ね飛ばされたダミーに全意識を取られた瞬間こそが、ゼファキスの死角からライゼンという存在が完全に消えた、唯一無防備な「一瞬」だったのだ。
「ごふっ……! おのれ……人間ごときが……私に……傷を……!」
ゼファキスは激痛に顔を歪め、右手を滑らせて至近距離からライゼンの頭部へ空間断裂を放とうとする。
しかし、体内を駆け巡る高圧電流による強烈な麻痺と激痛が、魔法の発生を完全に阻止した。
「遅ぇんだよ、クソ魔族……!!」
ライゼンは吐血しながらも、野獣のような眼光でゼファキスを睨みつけた。
「部下たちの命……ソルやカルダンの無念ッ! 全部まとめて、その身に刻んで逝きやがれぇぇぇッ!!!」
「馬鹿な、この私が」
腹部に突き刺さった右拳から、最大・最悪の超高圧雷撃が内部爆発を起こした。
――ドドドドドドッ!!!!!!
凄絶な紫電がゼファキスの体内を激しく駆け巡り、細胞の一粒ひとつまでを焼き尽くしていく。
絶対者を誇った魔族の肉体が膨張し、内側から発光したかと思うと、悲鳴をあげる暇すら与えられず、一瞬にして灰すら残さず跡形もなく消し炭となって蒸発した。
――静寂。
完全に消滅したゼファキスの存在を確認し、ライゼンは崩れ落ちそうになる身体をどうにか支え、周囲を見渡した。
視界に飛び込んできたのは、仲間たちの屍が横たわる血みどろの戦場だった。
勝利の代償は凄まじい。前線を支えていた精鋭部隊の、実におよそ九割が壊滅していた。悲痛な光景に、胸が潰れるような痛みがライゼンを襲う。
その時――グラグラと大地が揺れた。
荒野の奥、魔族の拠点の巨大な門が、重々しい音を立てて開かれていく。
そこから雪崩を打って姿を現したのは、数百にも及ぶ魔族の黒い軍勢だった。
人間の苦戦と疲弊を完全に見透かしていたかのような、絶望的なタイミングでの増援。
人間軍に残された兵は、満身創痍のライゼンと、生き残った僅か数十人程度の精鋭のみ。
「おいおい……冗談きついぜ……」
あまりにも残酷な現実。
地獄のような戦場に、絶望の悲鳴が上がった。恐怖のあまり武器を落として逃げ出す者、もはやこれまでと覚悟を決め刃を構える者、倒れそうなライゼンを護ろうと前に飛び出す者――混迷を極める兵士たちの前で。
ボロボロのライゼンが、血を吐き出しながらゆっくりと立ち上がった。
「残った魔力、全部使う……! 後は任せるぞ、お前ら……!」
ライゼンは両腕を限界まで天へと掲げた。
――バリバチイィィィッ!!
頭上の遥か高空に、神々しく輝く『神雷穿』のリングが出現する。それも一つではない。二重、三重、四重……天を穿つ巨大な光輪が、幾重にも連なって展開されていく。
ライゼンは震える手で、胸元から一本の帯を取り出した。高純度の魔力結晶の帯――。
かつては一度の戦闘で三発が限界だったはずの至高の極大魔法。だが、この魔導具による補助があれば、その限界を超越した「連射」が可能となる!
「これで……終わりだぁぁぁぁッ!!!」
ライゼンが腕を振り下ろすと同時に、天の門が次々と開かれた。
――轟ッ!!!!
一発目の神雷穿が解き放たれ、光の柱が地上を薙ぎ払う。それと同時に、ライゼンの手元にある魔力結晶が「パキン!」と一つ砕け散った。
「グアァァァッ!?」
「ヒ、ヒィッ――!?」
大気を焼き焦がす光の超高熱が、押し寄せる魔物の軍勢を数十単位で一瞬にして蒸発させていく。魔導具の結晶が砕けるたび、二発、三発、四発――!!
ドドドドドカンッ! ドドオォォォンッ!!
留まることを知らぬ雷の連続神罰。荒野を揺るがす光の奔流と、魔族たちの悲痛な断末魔が空間を埋め尽くす。
何百の軍勢も、屈強な肉体も、大地すらも等しく白熱の光の中に呑み込まれて消え去っていく。
すべての神雷穿を撃ち切った時――。
そこに広がっていたのは、見渡す限りの完全なる更地だった。
押し寄せていた数百の魔物も、不気味な拠点も跡形もなく吹き飛び、残されたのは静まり返った『魔界への門』ただ一つ。
「ハ……ハハ……」
限界を超え魔力切れを起こし、ライゼンの視界が急速に暗転していく。
膝から崩れ落ち、前のめりに地面へ倒れ込むライゼン。
「ライゼン様――ッ!!」
「隊長ッ!!」
更地となった戦場に、生き残った部下たちの叫び声が響き渡る。
駆け寄ってくる仲間たちの足音を聞きながら、ライゼンは満足げな笑みを浮かべ、静かに意識を手放した。




