74話 ガルバディアにて
アルス失踪の2週間前・・・
突き抜けるような青空の下、ガルバディア守備隊の広大な練兵場には、ひたすらに重苦しい金属音と兵士たちの怒号が響き渡っていた。
陽光を浴びてぎらぎらと輝く最新の魔導具――魔法結晶を組み込んだ槍や弓が、激しい魔力の光条を吐き出している。だが、その光はどれも不安定に爆ぜ、現場の空気には焦げ付いた魔力の残渣と汗の匂いが濃く立ち込めていた。
「そこ、無駄に大気を揺らしすぎだわ。風の流動を読めないのなら、最初から魔導具の出力を落としなさい」
訓練の喧騒を鋭く割ったのは、風の天才、ウェンディの声だった。
彼女は冷徹な眼差しで、最新の魔導弓を構える大男の兵士たちの前に歩み寄る。その佇まいは凛としており、纏う空気そのものが周囲の大気を静かに統制しているかのようだった。
「魔導具に組み込まれた結晶は、あなた方の不安定な魔力を均一化し、出力するためのもの。力任せに注ぎ込めば良いというものではないわ。……ほら、貸しなさい」
ウェンディは兵士から魔導弓を受け取ると、流れるような動作で構えた。彼女が指先から微かな魔力を流した瞬間、先ほどまで不規則に明滅していた結晶が、嘘のように澄んだ青い光へと安定する。
「風を優しくまとわせるイメージよ。これなら、安定するでしょ」
彼女が弓を手放し、何でもないことのように返すと、周囲の兵士たちは驚愕に目を見張り、それから一斉に頭を下げた。
「なるほど……! さすがウェンディ様だ。俺たちがいくらやっても制御できなかったのに……!」
「本当に助かります! イグニス様が去られてからどうなることかと思いましたが、ウェンディ様が来てくださってから、魔導具の運用も警護の質も劇的に上がりました。皆、心から感謝しています!」
兵士たちの瞳には、確かな敬意と信頼が宿っていた。
かつてこのガルバディアを守護していた絶対的な天災――イグニスが前線から去った後、組織に空いた致命的な空白を埋めたのが彼女だった。最初は若き女魔法使いと侮る者もいたが、ウェンディの的確な防衛アドバイスと、卓越した魔法の知見は、現場の心を瞬く間に掴んだのだ。
高飛車に胸を張ってみせるウェンディだったが、その目はなおも兵士たちの陣形や装備の不備を細かくチェックしていた。現場の誰もが、彼女という存在をガルバディアの新たな希望として受け入れていた。
しかし――その熱気溢れる練兵場を、冷ややかな視線で見下ろす影があった。
城郭の上層にある、厚いカーテンで陽光を完全に遮った薄暗い一室。
豪華な絹の衣服を纏った一部の貴族たちが、円卓を囲んで密談を交わしていた。グラスの中の深紅のワインが、彼らの歪んだ顔を鈍く映し出している。
「忌々しいな。あの女魔法使い、兵どもの心を完全に掌握しておるではないか」
一人の貴族が不快そうに声を低め、窓の外を睨みつける。彼らの胸にあるのは、ウェンディへの感謝などでは断じてない。人知を超えた力を操る魔法使いという存在への、根深い恐怖と嫌悪だった。
「イグニスという不気味な赤髪が消え、ようやくあの化け物どもの干渉から解放されるかと思えば、今度はあの風の女だ。底の知れない怪物を、ガルバディアの要に据え置いておくなど正気の沙汰ではない」
「左様。そもそも、時代は変わったのだ。これだけ優秀な魔導具が普及した今、わざわざ得体の知れぬ魔法使いの顔色を伺う必要がどこにある?」
老貴族が傲慢な笑みを浮かべ、机を叩いた。その目は、魔導具という『制御可能な力』を手に入れたことによる、肥大化したプライドに濁っている。
「魔導具さえあれば、回路を持たぬ一般の兵士であっても最高峰の火力を叩き出せる。ならば、我らの手で、我らの信頼できる純粋な兵士たちにこれを持たせて武装させれば、都市の防衛などそれで十分ではないか。人の形をした化け物に頭を下げる日々は終わりだ。我ら自身の手で、ガルバディアを支配すればよいのだ」
現場の兵士たちがウェンディに寄せる命懸けの信頼とは裏腹に、特権階級の暗がりでは、彼女という『得体の知れない魔法使い』を排除し、己の兵力だけで全てを掌握せんとする黒い悪意が、静かに編み上げられていた。




