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転生したのに魔法適性ゼロ、でも絶対一番になります!  作者: スンスンスン
魔界の門編

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67話 サプライズ

王都へと続く緩やかな坂道を登りながら、レオンのテンションは上がりっぱなしだった。 元々人懐っこい性格ではあるが、憧れの師匠の「古い友人」に出会えた興奮が、彼の口をいつも以上に滑らかにさせている。


「ガイアスさん、ここです、ここ! 王都の名物でよく行列ができるんですよ。この『猪の炭火串焼き』、めちゃくちゃ美味いんです。ほら、熱いうちに食べてください!」


半ば押し付けられるようにして、香ばしいタレの匂いを放つ大ぶりの肉串を渡された。 ガイアスは特に拒むこともせずそれを悠然と受け取ると、一口大に肉を噛み切った。野性味のある脂の旨味と、ピリッとした山椒の辛みが舌の上で弾ける。


「……確かに、悪くない。お前がはしゃぐだけの価値はあるな」


「でしょう! これ、めちゃくちゃ脂が乗ってて、腹にたまるんですよ。俺、最近はこればっかり食べてます。……っていうのも、師匠の特訓を始めてから、とにかく信じられないくらい腹が減るようになっちゃって」


レオンは自分の肉串を豪快に頬張りながら、いたずらっぽく笑った。


「ほう。大食いの特訓でもしているのか?」


「まさか! でも、俺みたいに生まれつき魔力回路を持たない人間が、まともに魔法使いと渡り合おうとすると、とにかく肉体への負担が凄くて。……俺、前はただ魔道具に魔力を流して戦うだけだったんです。それしかやり方を知らなかったから。でも師匠は違うんです」


レオンは何気ない風を装って言ったが、ガイアスの目は誤魔化せない。 少年の首筋から背中、そして足元に至るまでの重心が、一切の隙なく連動している。レオンの肉体は、いつどこから襲撃されても「即座に最大出力で動ける」独特のしなやかさを内包していた。


「師匠に体の中に魔力を留めて肉体を強化しろって言われて。今はその感覚を、ほんの少しずつですけど掴めてきたんです。体内の魔力を筋肉に馴染ませるというか……。これが、師匠のやってる身体強化能力の秘密の、ほんの入り口なんですけどね」


「体の中で、留める、か……」


ガイアスは、歩みを止めずに目を細めた。 回路を持たない者が、体内に魔力を留めて循環させる。それは言うほど簡単なことではない。逃げ場を失った魔力が暴走すれば、肉体が内側から爆発する自殺行為だ。あの怪物に続き、この少年もまた人間離れした領域へ足を踏み入れつつある。


「お前の師匠の『器』は、昔から格が違っていたよ。魔力をどれだけ注ぎ込んでも壊れない、底なしの器だ。……レオン、お前が今まで見た中で、あいつはどれくらい強い?」


「異次元ですよ。比べるものがないくらいです」


レオンは即答した。その目には、純粋な畏敬の念だけが宿っている。


「俺が手も足も出なかった、絶望するような化け物を、師匠は拳一発で消し飛ばしたんです。あの一撃は、当たるっていうより……空間ごと消し飛ばすような、そんな不条理な強さでした」


「空間ごと、消し飛ばす、か。ふっ……ははは、なるほど」


ガイアスの胸の奥で、冷え切っていた血がにわかに沸き立つ。 世界は退屈に満ちている。だが、やはりあの男だけは違う。自分の限界を上書きしてくれるかもしれない存在が、すぐそこにいる。


「そのアルスには、今日、いつ会えるんだ?」


「あ、夕方にそこの広場で会う約束になってます! 師匠、絶対にびっくりしますよ! 『おいレオン、なんでお前がそいつを連れてるんだ!?』って顔をさせるの、面白いと思いません? 黙って連れていくサプライズにしましょう!」


人懐っこい笑みを浮かべ、無邪気に提案してくるレオン。 ガイアスは、そのあまりにも愛らしい道化を見つめ、唇の端を歪に吊り上げた。


「……ああ。そうだな。最高に面白いサプライズになりそうだ。お前の師匠が、どんな顔をするか今から楽しみだよ」








夕方。茜色の光が斜めに差し込む、王都の外れにあるうらぶれた広場。 そこには、既に腕を組んで佇むアルスの姿があった。


――二人の距離が、三十メートルを切った、その瞬間。


ピキィ、と世界がひび割れるような、凄絶な緊張感が空間を支配した。 アルスが、ゆっくりと顔を上げた。その視線が連れ立って歩く二人を捉えた一秒と経たないうちに、アルスの全身の毛穴が開き、衣服をはためかせ戦闘態勢へと一瞬で切り替わる。その凄まじい殺気の余波だけで、レオンは肌が粟立ち、呼吸が止まりそうになった。


「し、師匠……? あの、師匠の友人という人と街で会ったので、連れてきたんですけど……ガイアスさんって……」


アルスは何も答えなかった。ただ、目の前の男から寸時も目を離さない。拳は既に、いつでも振り出せる臨戦態勢となっている。

アルスの傍らに控えていたサリアが、ガイアスの顔を正面から視界に収めた瞬間、彼女は顔色を完全に失い、その場に崩れ落ちそうになるのを必死に堪えた。歯の根がガタガタと震え、恐怖で声が掠れる。


「レオン……下がりなさい……! 今すぐ、そこから離れて……!!」


「え? サリアさん、なんで……? この人、師匠の古い知り合いで……」


「いいから下がってッ!!!」


悲鳴に近い叫びを受け、レオンはわけがわからない様子のままで、トボトボと男から離れた。 広場の圧力が、音を立てずに急上昇していく。大気が自重で軋むような、圧倒的な強者同士の対峙。

男は、その極限の緊張感を心底楽しむように、愉悦に満ちた笑みを浮かべた。


「久しぶりだな、アルス。お前の可愛い弟子が、気の利いた『サプライズ』を用意してくれたぞ」


「……イグニス」


アルスの口から漏れ出た、低く激昂を孕んだその「名」を聞いた瞬間――。

レオンの脳裏に、雷撃のような衝撃とともに最悪の記憶がフラッシュバックした。

フェルゼン軍を一瞬で消し炭にし、大陸の裏で蠢く信奉組織の頂点に君臨すると噂される、魔界の繋がりを持つ最悪の絶対者――『イグニス』。


「ガ、ガイアスさんが……あの、イグニス……!? 嘘、だろ……?」


レオンの手から、食べかけの串焼きが力なく地面へ落ちた。

自分が何を王都の中へ連れ込んでしまったのか。その事実の過酷な重さに目眩がする。ただのマイペースで気さくな旅人だと思っていた男からにじみ出る、世界を滅ぼしかねないほどの絶望的な異質さ。全身からドッと冷や汗が吹き出した。


「なぜここに来た」


アルスの声からは、完全に感情が排除されていた。温度のない、ただ相手を確実に殺すためだけの冷徹な音色。


「お前が面白い実験をしていると聞いてな。魔石と結晶を体内に取り込んで平然としている怪物。俺の知る限り、前例がない」


アルスが、静かに一歩、前に踏み出した。地面がその圧力だけで微かに沈む。


「それを確かめに来たのか」


「ああ。試してみたいと思ってな。お前のその『器』が、俺の退屈を殺せるほどのものかどうかをな」


サリアが、アルスの服の袖を千切れんばかりの力で掴んだ。


「駄目よ、アルス! ライゼンたちを呼ばないと、一人で相手していい存在じゃないわ!」


「分かっている。だが――断る事はできない」


アルスはサリアの手を優しく、だが強い拒絶の意志を持って払い、イグニスを真っ向から睨み据えた。 断れば、この場でこの怪物が牙を剥く。そうなれば王都は一瞬で消し炭だ。受ける以外の選択肢など、最初から存在しない。


「王都から離れた場所でやる。住民に影響が出ない場所だ」


「お前の好きにしろ。王都など最初から興味もない」


「一時間後、王都の東側、石切り場の跡地で待つ」


言葉を交わしたのはそれだけだった。 イグニスは満足げに身を翻すと、一切の足音を立てずに、夕闇の溶け始めた街並みへと姿を消していった。

残されたのは、静まり返った広場と、激しい後悔と恐怖に打ちひしがれるレオンの荒い呼吸の音だけ。

王国の命運を揺るがしかねない最悪の『決闘』の幕が、静かに上がろうとしていた。


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