4話 灰燼に帰す誓い
アステリアの村が一年で最も熱狂する日、「成人の儀」。この世界では16歳で成人となる。村の中央広場に設けられた石造りの特設演武場には、老若男女問わず全村人が詰めかけ、異様な熱気に包まれていた。
この日のメインイベントは、成人を迎えた者たちによる「武闘祭」。 くじ引きの結果、第一試合のカードが決まる、観客席がどよめきに沸いた。
「第一試合――アルス対ライゼン!」
最悪の組み合わせ、あるいは最高の見世物。 石段を上り、俺は演武場の土を踏んだ。対角線上に立つライゼンは、不敵な笑みを浮かべて指先をパチパチと鳴らしている。 観客の視線が俺の「格好」に集中した。 俺は、村の守護兵が使う軽装の鉄鎧を全身に纏っていたのだ。雷使いとの戦闘において、伝導性の高い金属鎧は自殺行為に近い。
「おいおい、アルス。頭まで筋肉になっちまったのか?」 ライゼンが声を張り上げ、観客席から嘲笑が漏れる。 「雷属性の俺を相手に鉄の鎧だと? 自分から黒焦げになりたいってんなら、手間が省けて助かるがよ」
俺は無言で拳を固めた。 前世の知識――物理学の基礎だ。雷のエネルギーをまともに食らえば肉体は焼ける。だが、伝導率の高い金属で全身を覆い、それを「地面」に接地させれば、電流の大部分は鎧の表面を通って大地へ逃げる。 「避ける」ことが不可能な速度の雷に対し、俺が導き出した唯一の回答がこの「避雷針」戦法だった。
「始め!」
審判の絶叫と同時に、ライゼンが右手を突き出した。 「死ね! 『雷閃』!」
凄まじい放電。青白い光が視界を白く染め、次の瞬間、俺の視界は火花で埋め尽くされた。 キィィィン、という鼓膜を裂くような金属音。
「……は?」 煙の中から俺が立ち続けているのを見て、ライゼンの笑みが凍りついた。 鎧は熱を帯び、内側の肌は火傷でジリジリと焼けた。だが、動ける。電流の心臓への直撃は、鎧が逃がしてくれた。
「この鎧は、お前の雷を通すには、丁度いいみたいだな」 「……チッ、小細工を」
ライゼンの表情から余裕が消えた。瞳に宿る青い光が、これまでにないほど強く、そして凶悪に輝き始める。 「面白い。なら、逃がしきれないほどのをブチ込んでやるよ!」
ライゼンの周囲の空気が、キリキリと鳴動を始めた。大気中の魔力が一点に収束し、彼の背後に巨大な雷球が形成されていく。
「……っ!!」 (神経加速――最大出力!)
脳が焼けるような加速。だが、それでも目の前の光景は止まらない。 ライゼンの集めた魔力は桁違いだった。先ほどの小手調べとは比較にならない、暴力的なエネルギーの奔流。
「『天雷』!!」
雷鳴、という言葉では生ぬるい。 爆発が起きたのだ。俺の視力をもってしても、光の筋が見えた時には、すでに衝撃が鎧を、骨を、魂を叩き伏せていた。
「が、はっ……!!」
吹き飛ばされた。 鉄の鎧は瞬時に高熱を帯び、俺の皮膚を焼き、溶着させる。 避雷針の限界を超えていた。逃がしきれなかった電流が全身を駆け巡り、筋肉を狂ったように収縮させ、脳を白濁させる。
演武場の端まで転がった俺は、震える手で地面を掴んだ。 視界が赤い。 体中が火傷と衝撃でボロボロだ。喉の奥からは鉄の味がせり上がってくる。 それでも、立ち上がらなければならない。ここで負けたら、俺はまた「佐藤健一」に戻ってしまう。
「まだだ……まだ、終わって……!」
俺は最後の力を振り絞り体勢を立て直し、魔力を全神経へ流し込んだ。 加速。一気にライゼンの懐へ飛び込み、この拳を叩き込む――!
だが。 駆け寄ろうとした俺の視界に、空から降り注ぐ「青い雨」が見えた。
「往生際が悪いんだよ、ゴミが」
ライゼンが冷酷に指を振り下ろす。 追撃。一発、二発ではない。空中で分裂した雷撃の嵐が、逃げ場のない俺を執拗に叩き続けた。 バチッ、と。 最後に何かが弾ける音がして、俺の意識は深い闇へと沈んでいった。
◇
次に目を開けたとき、視界に入ったのは演武場の青空ではなく、見慣れた医務室の天井だった。 鼻を突く薬草の匂いと、水の魔力が放つ清涼感。
「……あ、アルス! 気がついた!?」
傍らには、顔を真っ赤に腫らし、今にも泣き出しそうなサリアの姿があった。 彼女の手のひらからは、柔らかな青い光が放たれ、俺の酷い火傷を癒し続けている。
「……サリア。俺、は……」 「ダメよ、動いちゃ。身体がまだボロボロなんだから」
サリアが俺の胸を押さえ、横に寝かせ直す。 俺は掠れた声で、一番聞きたくないことを尋ねた。
「……武闘祭はどうなった。俺が負けた後、どうなったんだ。ライゼンが優勝したのか?」
サリアは悲しそうに目を伏せ、ポツリポツリと経緯を語り始めた。 彼女は、ボロボロになった俺を見ていられず、自分の試合を棄権したのだという。 そして、トーナメントの決勝戦。
「……決勝は、イグニスとライゼンだったわ。……勝ったのは、イグニスよ」
心臓を、冷たい刃で貫かれたような気がした。ライゼン。俺が人生のすべてを賭けた研鑽を、子供の遊びのように蹴散らした男。 そのライゼンですら、イグニスに勝てなかった。
自分は、その足元にすら及ばなかった。
(……ああ。またか)
天井を見つめる俺の脳裏に、前世の記憶が鮮明に蘇る。 病院のベッド、死を待つだけの自分。 「今度こそは」と誓ったはずなのに。 「自分らしく」生きると決めたはずなのに。
結局、俺は何者にもなれなかった。 どれほど肉体を痛めつけても、どれほど執念を燃やしても、神に選ばれた「本物」たちの前では、俺の努力はただの滑稽な足掻きに過ぎなかったのだ。
「……アルス、そんな顔しないで。あなたは頑張ったわ、あんな鎧まで用意して……」
サリアの慰めが、今の俺には猛毒だった。 頑張った。努力した。 そんな言葉は、敗北者の墓標に刻まれる空虚な飾りだ。
演武場で見たライゼンの背中。 そのさらに上に立つ、最強の魔法使いの影。 俺の心の中で、何かが音を立てて崩れていった。 暗い、底知れない絶望の沼。 今度こそ、俺は終わった。
治療を続けるサリアのすすり泣きを聞きながら、俺はただ、天井を見つめ続けた。




