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転生したのに魔法適性ゼロ、でも絶対一番になります!  作者: スンスンスン
アジール ~ ガウル編

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29話 太陽

 ガルバディア帝国の最前線、夜の帳が下りた本陣。

 天幕の中で、世界最高の天才――イグニスは、退屈そうに地図を眺めていた。


「イグニス様。アジールへ送り込んだ人工魔族の三個体が、完全に消滅いたしました」


 膝を突いた兵士からの報告にも、イグニスの視線は動かない。まるで、羽虫が数匹死んだと告げられたかのような、心底どうでもよさそうな声で応じる。


「そうか。やはり初期の試作型では、ガウルの防壁を抜くのは難しかったか。まあいい、……さて、少し出かけてくる。後は適当にやっておけ」


「え、出かけるとは……今からですか!?」


 兵士が慌てて顔を上げたその時、天幕の入り口の幕が厳かに開いた。

 現れたのは、豪奢な外套を羽織った初老の男。ガルバディア帝国の最高権力者――皇帝その人であった。護衛の騎士たちを下がらせ、皇帝は焦燥を滲ませた顔でイグニスを見据える。


「待て、イグニス。今ここを離れられては困る。前線の戦況は膠着しているのだ。この戦争が終わるまでは、最高戦力であるお前にはここにいてもらわねばならん」


 一国の皇帝からの直々の要請。だが、イグニスの態度に敬意など微塵もなかった。莫大な資金と研究支援を受け、その対価として力を貸して「あげて」いるに過ぎないからだ。


「戦況の膠着? くだらない。なら、今からその戦争を終わらせてやろう。それで文句はないな?」


「なっ……」


 引き止める言葉を置き去りにし、イグニスは単身、天幕を後にした。


 ――数刻後。


 ガルバディア帝国と敵対する敵国、フェルゼン連合王国の大軍が布陣する、広大な平原。

 松明の炎がうごめく敵陣の最前線へ、イグニスはただ一人、一切の武器を持たずに歩み寄っていった。当然、敵の警戒兵たちが色めき立ち、無数の槍や弓が彼に向けられる。


「止まれ! 何者だ!」


「ガルバディア帝国のイグニスだ。お前たちの最高指揮官と話をさせろ」


その名を聞いた瞬間、敵陣に戦慄が走った。だが、あまりに舐め切った単独での敵中突破に、フェルゼン軍の先鋒隊長が激昂する。


「ふざけるな! 英雄気取りのガキが、一人で何ができる!」


「話を聞く気がないなら、生かしておく必要もないな」


 イグニスが軽く指を弾いた。

 ただそれだけの動作で、大気が爆発した。

 ――ゴォォォォッ!!!

 凄まじい熱量の奔流が、一瞬にして先鋒隊の数十人を文字通り焼き尽くした。悲鳴を上げる暇さえない。一瞬にして夜の平原が赤く染まり、肉の焦げる悪臭が立ち込める。骨すら残さず蒸発させる絶対的な絶望の力を前に、フェルゼン軍は完全に恐怖に呑まれ、歯をガタガタと鳴らしながら彼を中央本陣へと通すしかなかった。

 数万の軍勢のド真ん中、フェルゼン連合王国の本陣天幕。

 イグニスは、天幕の最奥に設置された豪奢な椅子に勝手に腰掛け、足を組みながら、冷や汗を流して凝固するフェルゼン国王を冷酷に見下ろした。


「条件は簡単だ。今すぐ全面降伏しろ。全軍の武装を解除し、領土の半分をガルバディアへ譲渡する。これを受け入れるなら、命だけは助けてやる」


 命を乞う側に突きつけるような、あまりにも傲慢で、一方的な国を滅ぼすに等しい要求。突きつけられたフェルゼン国王の顔は、怒りと屈辱で真っ赤に染まっていく。


「な……貴様、正気か!? そのような条件、到底受け入れられるわけがない! 我が連合王国の誇りを踏みにじる気か!」


 フェルゼン国王が激昂し、机を強く叩いて立ち上がる。それと同時に、天幕が乱暴に引き剥がされ、周囲に控えていた精鋭兵たちが、ギラリと黒光りする重々しい『鉄の塊』の砲口をイグニスへと一斉に向けた。

 それは城壁をも一撃で粉砕する、この時代における最新にして戦王の武器――巨大な大砲と、一触即発の爆弾を持った兵士たちだった。至近距離から同時に放たれ、爆発に巻き込まれれば、生身の肉体ごと消し飛ぶはずの、人間が扱える最大最強の物理兵器。


「死ね、化け物め! 全門、放てッ!!」


 ドガァァァンッッ!!!

 すさまじい轟音と共に砲口から火を噴き、至近距離から無数の砲弾と爆弾がイグニスへと殺到した。

 直撃の瞬間、強烈な爆風と土煙が天幕を吹き飛ばしながら舞い上がる。フェルゼン国王と兵士たちが、ついに化け物を仕留めたと勝利を確信しかけた、その瞬間。


「……それが、お前たちの『最強』か? つまらないな」


土煙の向こうから、衣服一つ汚れていないイグニスの冷ややかな声が響いた。

 イグニスの周囲数メートルには、目に見えないほどの超高熱の結界が張られていた。放たれた巨大な砲弾は彼に触れる前に熱量で爆裂して粉々になり、破片や爆風すらも一瞬で焼き尽くされて消失していく。物理的な質量攻撃や火薬の爆発など、彼の『熱量』の前には何の意味もなさなかった。


「な……ば、化け物……!」


「我が軍の最終兵器が、かすりもしないだと……!? 爆弾の直撃に耐える人間なんて、いるわけがない……!」


精鋭兵たちが目を見開き、絶望に顔を白く染める。

 驚愕と恐怖が敵陣を支配する中、イグニスは退屈そうにため息を吐き、静かに右手を天へと掲げた。


「終わりだ」


 その瞬間、夜空が真昼のように明るくなった。

 イグニスの絶大な魔力が発動し、遥か上空に、直径1キロメートルにも及ぶ莫大な熱エネルギーの塊が出現したのだ。それは夜空を真紅に染め上げる、地上に降臨した「太陽」そのものだった。

 だが、それだけでは終わらない。イグニスが指先をわずかに捻ると、その巨大な太陽が、目の前でじわじわと、恐ろしい密度で一点へと凝縮され始めた。


「なんだ、あれは……!?」


「空が……空が燃えてる!!」


 敵兵たちは口々に怯え、ある者は武器を落として一目散に逃げ出し、ある者は神に祈るようにその場に腰を抜かした。強烈な熱波が地上にまで降り注ぎ、周囲の草木が一瞬で炭化していく。肌をチリチリと焼き焦がす圧倒的な熱量に、誰もが自身の死を確信していた。

 それは、数万の軍勢を率いるフェルゼン国王も例外ではなかった。


「……あ、あり得ん……。人間一人が、これほどの……。天災か? これは神の怒りか、それとも……ッ!」


先ほどまで最新兵器を誇り、大声を上げていたフェルゼン国王は、ガタガタと膝の震えを止められず、ただ呆然と天を見上げていた。大砲も爆弾も、人間が知恵を絞って生み出した戦術のすべてが、目の前の「若者一人」が起こした超常現象を前に完全な無へと帰していく。理不尽という言葉すら生ぬるい、世界の法則そのものを塗り替えられたかのような恐怖に、国王の頭は完全に狂いかけていた。冷や汗は流れた瞬間に熱風で蒸発し、その目はただ、目の前で極小の破滅へと凝縮されていく光球を恐怖のままに映していた。

 限界まで圧縮され、超高密度となった熱エネルギーの塊を見上げながら、イグニスは掲げた手を静かに振り下ろした。


――チィィィィンッ。


 一瞬、すべての音が消えた。

 次の瞬間、圧縮されたエネルギーの塊が敵陣へと着弾した。


ドバァァァァァァァンッッ!!!!


 落ちた地面を中心に、周囲数キロメートルの範囲が一瞬でプラズマ化し、空間ごと大爆発を引き起こした。

 平原はひっくり返り、土砂と純白の爆炎が天を衝く。熱線によってフェルゼン連合王国の拠点は一瞬にして大部分が消滅し、残されたのは、赤黒く融解した巨大なクレーターだけだった。

 この一撃で、フェルゼン軍の戦意は完全に破綻した。生き残った兵士たちは武器を放り出し、泣き叫びながら四方へと敗走していく。


「これで、終戦だ」


 背後で融解し、荒れ狂う地獄のような劫火を背に、イグニスは平然とガルバディアの本陣へと戻ってきた。

 天幕で待っていた帝国の兵士たち、そして、その圧倒的な破壊の一部始終を遠目から見ていたガルバディア皇帝は、勝利を喜ぶことすら忘れていた。ただガタガタと全身を震わせ、戻ってきた一人の少年を、怪物を見るような瞳で見つめ、恐怖に怯えることしかできなかった。

世界最高の天才。その底知れぬ暴力が、大陸の均衡を完全に破壊しようとしていた。


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