28話 宴
その夜、城塞都市アジールの最深部にある大広間は、昼間の張り詰めた空気から一転して、地響きのような活気に包まれていた。
人工魔族の襲撃を退け、かつ「同期の天才」たちが数年ぶりの再会を果たし、互いの成長を認め合った。そのすべての節目を祝すために、ガウルがアジールの民と共に催した、ささやかな、しかし盛大な宴だった。
「さあ、遠慮せずに食え! 今日はアジールの特別な日だ!」
主役であるガウルが、丸太のような腕で巨大な木樽を掲げ、豪快に酒を煽る。その圧倒的な食べっぷりは健在で、大皿に山盛りにされた肉を次から次へと口に放り込んでいた。
「もぐ……んぐ、おい、ライゼン! お前ももっと食わんか! 昨日の新技は見事だったが、少し線が細いぞ!」
「あぁ? 誰の線が細いって? 俺はこれでもアステリアの神童、いや、今やそれ以上の領域にいる男だぞ。ガウル、お前こそ飯ばっかり食ってねえで、俺の『神雷穿』の恐怖をもう一度思い出させてやろうか?」
ライゼンは不機嫌そうに肉を突きながらも、その口元には不敵な笑みが浮かんでいる。彼は大皿から肉をひったくると、これ見よがしに噛みちぎった。かつてのような周囲を見下す狭量さはなく、今の彼は仲間との軽快な掛け合いをどこか楽しんでいるようだった。
「もう、ライゼンもガウルも、宴会の席でまで喧嘩しないで。……あ、アルス、あなたも! 出されたものを黙々と口に運ぶのはいいけど、ちゃんと味わって食べてる? 噛まないと胃に負担がかかるよ」
給仕の手伝いをしながら席に戻ってきたサリアが、アルスの皿に新しく焼かれた肉や温かいスープを甲斐甲斐しく取り分ける。
「噛んでいる。1回につき三十回は噛むように意識している」
「そういう理屈っぽい話をしてるんじゃないの。美味しいとかないの!?」
ぷりぷりと怒るサリアに、アルスは少しだけ表情を緩め、スープを口に含んだ。
「美味しいよ、サリア。温かくて、身体に染みる」
「ならよし! いっぱい食べなさい」
満足そうに微笑むサリアを見て、ライゼンが「けっ、相変わらずのバカップルだな」と呆れたように呟く。そんな賑やかな空間の中で、アルスはふと、手元に置かれた木皿の肉や、テーブルに並ぶ豪奢な料理に目を向けた。
ここは、世界中から爪弾きにされた難民や、行き場をなくした人々が集まる城塞都市アジールだ。外は荒涼とした岩山であり、まともな農地があるようには見えない。しかし、今ここに並んでいる食材や、民たちが着ている衣服は、難民の隠れ里としては「豊か」に過ぎる。
「……ガウル、一つ聞いていいか」
アルスは木杯を置き、正面に座る巨躯の同期を見つめた。
「ん? 何だ、アルス。飯の追加か?」
「いや。このアジールという国についてだ。率直に言って、この国は潤っている。外から見れば過酷な岩山に隠れた難民キャンプのようだが、流通している布の質もいいし、武器や鉄製品の質も驚くほど高い。食料もどこからか安定して仕入れている。……一体、どうやってこの規模の経済を維持しているんだ?」
アルスの冷徹で理詰めな質問に、広間の空気が少しだけ落ち着く。ライゼンも肉を動かす手を止め、ガウルに視線を向けた。
「あー、やっぱり気になるか」
ガウルは苦笑しながら、大きな頭をガリガリと掻いた。
「俺の岩の魔法があれば、頑丈な家や城壁を作るのは朝飯前だ。だが、お前の言う通り、人は石だけじゃ生きていけない。これだけの民が腹を膨らませて、生活を営むには、莫大な物資と資金がいる。……これにはな、裏があるんだ」
「裏?」
サリアが小首を傾げる。
「まず、アジールの民の強みだ。ここには世界中の職人や労働者が流れ着いている。特に、鉱山を追われた鍛冶師や、悪徳貴族に工房を潰された仕立て屋たちがいるんだ。アジールは岩山だからな、質の良い鉱石がいくらでも採れる。民たちはここで、他国には真似できない最高品質の鉄製品や武器、そして鉱石から採れる特殊な染料を使った頑丈な布製品を『特産品』として作っているんだよ」
「なるほど、生産基盤は中々のものだな」
アルスが顎に手を当てる。
「だが、それを作っても、外の市場に流して金や食料に換えなければ意味がない。難民の街が堂々と他国と貿易すれば、すぐにガルバディア帝国や聖都に場所が割れる」
「その通りだ。だから、その仲介、そして圧倒的な『資金支援』をしてくれている奴が外にいる。――ウェンディだよ」
その名がガウルの口から飛び出した瞬間、アルス、サリア、ライゼンの3人の動きが完全に止まった。
「ウェンディ……って、あの『風の天才』のウェンディか!?」
ライゼンが声を荒げる。ガウルは当然だと言わんばかりに頷いた。
「あぁ。あいつ、今はどっかの国で、悪徳貴族やあくどい大商人から富を奪い、貧民に分け与える『義賊の頭領』をやってる。 その奪い取った莫大な資金の大部分が、巡り巡ってこのアジールに極秘の『難民支援金』として流れ込んできているんだ」
「ウェンディが……そんなことを」
サリアが驚きに目を見開く。
「それだけじゃない。あいつは国中を飛び回る義賊のネットワークを使って、アジールの特産品(武器や布)を、素性の知れない闇ルートで他国の市場にさばいて、代わりに大量の穀物や生活物資に変えてアジールに送り届けてくれている。つまり、この国が豊かなのは、俺の盾と民の技術、そしてウェンディの『風の流通網』があるからだ」
ガウルの説明を聞き終え、アルスは静かに思考を巡らせた。
バラバラに行動していたと思っていた「同期の天才」たちが、知らず知らずのうちに、手を取り合い、強固なセーフティネットを構築していたのだ。
「あいつ、相変わらず泥棒猫みたいな真似してやがんな」
ライゼンは呆れたように笑うが、その表情にはどこか身内を誇るような響きがある。
「でも、すごいよ。ウェンディのおかげで、これだけの人たちが救われてるんだね」
サリアが優しく微笑んだ。
「あぁ。だがな、アルス。ここ最近、そのウェンディからの定期連絡が途絶えがちなんだ」
ガウルが表情を引き締め、低い声で言った。
「奴らのネットワークをもってしても、人工魔族の動きや、聖都の不穏な警戒網のせいで、物資の輸送が難しくなっているらしい。昨日襲撃してきた魔族どもも、アジールの流通ルートの尻尾を掴んで侵入してきた可能性がある」
その言葉に、アルスは真っ直ぐにガウルを見つめた。
「ガウル。やはり、ウェンディも仲間に引き入れるべきだ」
「あぁ? 義賊の頭領をか?」
ライゼンが眉をあげる。
「そうだ。イグニスが率いる人工魔族の軍隊に対抗するには、俺たちの個人の武力だけでは限界がある。ガウルのこの城塞都市という『拠点』、そしてライゼンの『破壊力』は揃った。だが、圧倒的に足りないものがある。それは『情報』と『機動力』だ」
アルスは淡々と、しかし熱を帯びた声で言葉を紡ぐ。
「ウェンディは風の魔法の使い手であり、義賊として大陸中の裏社会や国家の動向に張り巡らされたネットワークを持っている。彼女の組織の情報網があれば、イグニスが次にどこへ人工魔族を仕掛けるのか、その動向を事前に察知できる。それに、単純にあいつ自身の戦闘力も高い。広範囲の風を操るあいつの足止めや攪乱があれば、俺やライゼンの大技を叩き込むチャンスは劇的に増える。仲間にしない理由がない」
「確かに……一理あるな」
ガウルが深く頷いた。
「ウェンディの奴、素早さだけなら同期の中でもダントツだったからな。あいつの情報通っぷりと足の早さは、これからの戦いに絶対必要だ」
「問題は、あの神出鬼没の風の手配犯を、どうやって捕まえるかだ。」
ライゼンが腕を組んで尋ねる。それに対し、ガウルはニヤリと不敵に笑った。
「それなら、直近の連絡で居場所に心当たりがある。あいつ、近々ある大きなヤマを狙って、『クライン王国』に向かうと言っていた。アステリアの近くの街だ」
「クライン王国……!」
サリアが息を呑む。アルスとサリアが出発し、かつて初期型の魔族と遭遇した、あの始まりの地だ。
アルスは静かに立ち上がった。その瞳には、次の目的地の座標が完全にロックされている。
「決まりだな。アジールでの修行は終わった。ガウル、お前はここで街の守りを固めて待っていてくれ。俺たちは一度クライン王国へ引き返し、風の天才を回収する」
「おう、任せろ。アジールは、何があっても死守する。」
ガウルが豪快に笑い、アルスと力強い拳を交わす。
「ふん、待ってろよウェンディ。あの生意気な面を拝むのが楽しみだぜ」
ライゼンが雷の火花を小さく散らしながら、獰猛に笑う。
「アルス、またクライン王国に戻るんだね。……今度は、ウェンディも一緒。絶対に、みんなでイグニスを止めようね」
サリアがアルスの隣に並び、強く、頼もしく頷いた。
城塞都市アジールに響く賑やかな宴の喧騒の裏で、天才たちの次なる移動先が決まる。
世界を覆わんとする火炎を消し去るため、無回路の少年とアステリアの天才たちは、始まりの地へと再び足を進めるのだった。




