27話 不落を穿つ拳
人工魔族の襲撃から一夜明けた、翌朝。
アジールの荒涼とした訓練場には、張り詰めた緊張感が漂っていた。
「さあ、始めようか」
ガウルがその巨躯を揺らし、訓練場の中央へと進み出る。その皮膚が瞬時に黄金色に変質し、彼の肉体を絶対無比の城塞へと変えていく。
「まずは俺からだ!」
ライゼンがギラついた目を輝かせ、前に出ようとした。昨日披露した新技『神雷穿』の手応えが、彼を突き動かしていた。あの超収束された破壊の光線なら、ガウルの盾をも穿てるはずだ、と。
だが、ガウルは大きな掌を前に出してそれを制した。
「いや、ライゼン。お前との再戦は、今は必要ない」
「あぁ? ビビってんのかよ、ガウル」
「違う。お前の新技は、昨日の実戦で十分に見せてもらった。……正直に言おう。あの技を受けるのは、今の俺でも『防御だけ』ではキツイ。」
「ッ……!」
ライゼンは言葉を詰まらせた。しかし、ガウルの真剣な眼差しに嘘がないことを察し、チッと不機嫌そうに舌を鳴らして一歩下がった。
ガウルはフッと口元を緩めると、今度は静かに佇む黒髪の少年に視線を向けた。
「さて、アルス。次はお前だ。昨日の一撃、随分と綺麗に魔族を処理していたようだが……その実力、この盾で確かめさせてもらうぞ」
「あぁ」
アルスは一歩前へと踏み出し、深く、長く呼吸を置いた。
自身の肉体を、細胞、筋肉、神経レベルで完全に把握し、制御する独自の戦闘ロジック。脳の奥深くから、全身を巡る微細な信号を極限まで研ぎ澄ませていく。
回路を持たない無能と蔑まれた男が磨き上げた、対ガウル用の一撃。
「ふーっ……」
次の瞬間、アルスの姿がブレた。
魔力制御による超速の踏み込み。ガウルが反応して腕を交差させ、絶対的な岩の強靭さがその身体を覆う。
アルスは腰の捻り、脚の踏み込み、全ての運動エネルギーを右拳へと一点集中させる。
「シッ――!」
放たれた拳が、ガウルの硬質化したガードの上へと突き刺さる。
――ズ、ズゥゥゥゥンッッ!!!!
アジールの地下空洞全体を震わせるような、奇妙な重低音が響き渡った。
派手な爆発はない。しかし、拳が触れた瞬間、ガウルの無敵を誇る岩の身体に明確なゆらぎが見えた。
「なっ……が、はっ……!?」
ガウルの顔が驚愕に歪んだ。
次の瞬間、ガウルの腕の表面を覆っていた超硬度(黄金色)の岩の装甲が、パキパキと音を立てて細かくひび割れ、ボロボロと砂のように崩れ落ちていく。衝撃は肉体の奥深くまで浸透し、その巨躯が大きく揺らいだ。
ドサリ、と重い音が響く。
あの絶対不落の守護者と呼ばれたガウルが、ガバッと激しく片膝を突き、苦しげに胸を押さえて荒い息を吐いていた。
サリアは青ざめた顔で即座に駆け出し、ガウルの傍らで治癒魔法を展開した。
「ガウル、動かないで! すぐに治します! ……アルス! 無茶苦茶だよ、いくら何でもやりすぎ!」
サリアに本気で怒られ、アルスは少し気まずそうに自分の拳を見つめた。
「すまない、手加減したつもりだったんだが……想定以上に威力が乗った」
治癒の光に包まれながら、ガウルは驚きを隠せない様子で、崩れかけた己の腕とアルスを交互に見つめていた。
「……振動、か?」
「あぁ。気付いたか」
アルスは拳を下ろし、淡々と解説を始めた。
「この技は、拳に魔力を集中させ、超高速で振動させることで破壊力を格段に引き上げているんだ。どれだけ外側を硬くしても、魔力の振動により触れたものを砕く」
アルスは少しだけ顔を顰め、自身の右腕をさする。
「ただ、この超振動は強烈すぎる。そのまま放てば俺自身の骨や筋肉まで粉々に吹き飛ぶ。だから、腕から体幹にかけての全神経を同調させ、魔力による『制震制御』により、自分へのダメージを相殺・軽減させている。……正直、この出力を身体が受け入れられるレベルまで制御するのには、かなり苦労した」
その淡々とした説明を聞いていたライゼンが、驚愕し、頭を抱えた。
「おいおいおい……。魔力を超振動させるだけでもイカれてんのに、それを自分の身体が壊れねえように制震コントロールしてただと? お前、ますます人間離れしてんな……不気味の塊かよ」
あきれ果てたようなライゼンの言葉に、ガウルはしばらく沈黙していたが、やがてサリアの肩を借りてゆっくりと立ち上がった。
剥がれ落ちた岩の装甲の奥から、人間の皮膚が戻っていく。ガウルは豪快に笑い、アルスの肩に大きな掌を置いた。
「ハハハ、見事だ! アルス、お前は間違いなく天才だよ。回路の有無なんて関係ない。俺は、お前という男を心の底から認める」
アルスはその言葉を、ただ静かに、しかし確かな野心を瞳に宿しながら受け止めるのだった。




