23話 修行
圧倒的な敗北感を突きつけられた翌日。俺たちの空気は、思いのほかさっぱりとしたものだった。
それもそのはずだ。俺は幼い頃から、ガウルという男が持つ岩の魔法の「規格外の才能」を嫌というほど知っていた。あの不落の盾は、俺にとってある種、予想の範囲内の絶望だったのだ。
だが、だからこそ気づかされた。今までの俺は、自分より遥か格下の雑魚を蹴散らすことしか考えていなかった。イグニスを筆頭とする、自分と同等、あるいはそれ以上のバケモノと戦うという視点が、決定的に欠落していたのだ。
あいつらを消し飛ばすには、ただ雷を撒き散らすだけじゃ足りない。必要なのは、拡散する雷撃の収束率を極限まで高め、一点に破壊力を凝縮する精度。
俺は、今までにないほど、血を吐くような回路の酷使を伴う特訓を始める決意を固めていた。
――翌朝。
岩をくり抜いた客室で目を覚ますと、すでにアルスの姿はなかった。
部屋の隅で旅の道具を整理していたサリアに、俺は怪訝な顔を向けた。
「おい、サリア。アルスの野郎はどこ行ったんだよ?」
「あら、起きたのね。アルスならもう修行に出かけたわよ」
「はぁ? いつもこんな時間から修行してんのかよ、あいつは……」
「ええ、いつもよ。むしろ遅いくらいじゃないかしら」
サリアは何でもないことのように微笑む。俺はチッと舌打ちをして、用意されていた簡素な飯を胃袋に放り込み、特訓の準備を整えて部屋を出た。
城内、そしてアジールの街へと足を踏み入れると、行き交う難民たちの視線が刺さる。
彼らは一様に、俺を恐れるように避けていった。アステリアの『選ばれた血統』であり、不気味な雷使い。彼らにしてみれば、関わりたくない人種筆頭なのだろう。
「フン、上等だ。有象無象に好かれる筋合いはねえよ」
俺は鼻で笑い、気に留めることもなく、敷地内の人気の少ない岩山へと移動した。
俺が目指すのは、雷撃の純粋な威力の底上げだ。
ロジックは単純。雷の魔法は通常、放出された瞬間に大気中へと拡散していく。これを、自らの体内の『回路』を極限まで絞り込むことで、一本の針のように鋭く、密度を高めて射出する。
理屈は簡単だが、これは自分の肉体を電流のバイパスとして酷使する自殺行為に等しい。一歩間違えれば、自分の神経系が過負荷で焼き切れる。
「ガウルの盾を貫くのは、広範囲の嵐じゃねえ。一撃必殺の『穿つ雷』だ……!」
俺は掌に魔力を集中させ、回路を限界まで狭めていく。
ミシ、ミシと脳の奥が鳴るような激痛が走る。それを怒りでねじ伏せ、俺は岩山に向かって細く、青白い雷光を放った。
ドバァン!!
鋭い破裂音と共に、岩山に深く、小さな穴が穿たれる。
まだ甘い。もっと絞れるはずだ。俺は額に青筋を浮かべ、血を吐くような特訓を繰り返した。
数時間後。回路の熱を冷ますため、休憩がてら近くの川へと水を飲みに向かった。
そこで、俺は思いがけない背中を見つけた。
「……あ? 何だあいつ、寝てんのか?」
川のせせらぎの前で、アルスが目をつぶり、あぐらをかいて座っていた。
俺はそんな風にじっと座るだけの訓練などしたこともなかったので、ただの居眠りかと思って無視し、再び自分の修行場所へと戻った。
しかし、それからは集中するのが難しかった。
定期的に、アルスのいる方向から、大気が震えるほどの凄まじい魔力の残響と、ドォンという重苦しい衝撃音が響き渡ってくるのだ。あいつがどんな泥臭いアプローチをしているのかは分からないが、尋常ではない負荷を自らに課していることだけは、その音で理解できた。
「チッ、あの無能が……! 俺も負けてられねぇな!」
焦燥感に背中を押され、俺はさらに魔力を跳ね上げ、回路の限界へと挑み続けた。
やがて荒野の太陽が傾き、夕方になってきた頃、俺はへとへとになって帰宅した。回路を酷使したせいで、全身の筋肉が痙攣している。
部屋に入ると、サリアが一人で薬草をすり潰していた。
「……アルスは?」
「まだよ」
サリアは顔を上げず、すり鉢を動かしながら答える。その口調は「当たり前でしょ」と言わんばかりの、絶対的な信頼に満ちていた。
俺はそれ以上何も言えず、飯を食って泥のようにベッドへ倒れ込み、意識を失った。
――深夜。
部屋の空気をピリピリと刺激する、妙な魔力の気配に目が覚めた。
上体を起こすと、サリアが淡い光を放つ回復魔法の触媒を机に並べ、じっと待機しているのが見えた。
「サリア、まだ起きてたのか」
「ええ。私が寝てたら、アルスの治療ができないでしょ?」
「……は? あいつ、まだ帰ってきてないのか!?」
時計を見れば、とっくに深夜を回っている。俺が驚愕したその瞬間、部屋の重い石の扉が、ゆっくりと内側に開いた。
「ただいま、サリア……」
入ってきたアルスを見て、俺は息を呑んだ。
衣服はボロボロに引き裂かれ、全身の皮膚という皮膚から血が滲み出ている。筋肉は異常なほど肥大化し、あちこちの関節が不自然に腫れ上がっていた。まるで内側から肉体が爆発したかのような、凄惨な姿。
(おい、マジかよ……。なんで、そんな傷だらけなんだよ……!!)
あいつの負っているダメージは、俺の回路の疲労などとは比較にならない、命を削る領域だった。
「すぐ治療するわ。横になって、アルス」
サリアが慣れた手つきで駆け寄り、アルスの身体に緑色の光を注ぎ込み始める。
アルスは痛みに表情一つ変えず、ただ冷徹な目で自分の傷を見つめていた。俺はその狂気とも言える執念の塊を前に、ただ圧倒されるしかなかった。




