21話 会談
翌朝、俺たちはルカの案内で、城の最上層にあるというガウルの執務室へと向かっていた。
歩を進めるごとに、壁の岩肌から伝わってくる魔力の密度が目に見えて濃くなっていく。それはまるで、城そのものが巨大な心臓で、一定の脈動を打っているかのような錯覚さえ覚えさせた。
「ここだ。ガウル様、アルスたちをお連れしました」
ルカが分厚い石の扉を叩くと、中から「入ってくれ」という、地響きのように低い声が響いた。
扉が開かれた先は、窓から荒野の一望できる広大な円形の部屋だった。部屋の中央には、装飾を一切削ぎ落とした無骨な石の机があり、そこにガウルが腰を下ろしていた。
「よく眠れたか、アルス、サリア、ライゼン」
ガウルの視線が、俺たち一人ひとりを順番に捉える。その瞳には、かつて村の同期として共に訓練に励んでいた頃の、どこかおっとりとした優しさは残っていた。だが、それ以上に、数百人の持たざる者を背負う『王』としての絶対的な覚悟が、その強靭な体躯からオーラとなって滲み出ている。
「あぁ、もてなしには感謝する。……早速だが、単刀直入に本題に入らせてくれ」
俺は一歩前に出ると、昨日ルカから聞いた事実、そしてこの城全体の違和感をそのまま言葉にして投げかけた。
「ガウル。お前はこの城の『核石』に自分の魔力を循環させ、回路を持たない難民たちに人為的な『変異』を促している。アステリアの果実のように急速な崩壊を伴わない、極めて緩やかで生存率の高い、副回路の形成。……お前、この城で、魔法使いの兵隊を作ろうとしているのか?」
部屋の空気が、一瞬で凍りついた。
隣に立つライゼンが、鋭い視線をガウルに向ける。サリアは固唾を呑んで、二人のやり取りを見守っていた。
ガウルは驚いたようにわずかに目を見張ったが、すぐに得心のいったように深く息を吐いた。
ガウルは石の机の上に、太い両腕を組んで乗せた。
「俺がやっているのは、お前の言う通り『世界の理』への反逆だ。アステリアは狂っている。覚醒の果実という呪物で適合者を無理やり選別し、適合しなかった幼馴染たちを、死んだと偽って外へ捨てた。あそこだけじゃない。ガルバディアも、大聖都も、弱い人間ははじき出される。」
その声には、静かだが烈火のような怒りが宿っていた。
「力や能力がなければ、奴隷のように扱われ、荒野の砂に変わるのを待つだけだ。だから俺は、この岩の魔力を使って、彼らに『牙』を与えている。誰もが魔法を扱い、自分たちの命を自分たちで守れる世界を作る。それが、この『アジール』の存在意義だ」
「綺麗事を抜かすな!!」
静寂を切り裂いたのは、ライゼンの怒号だった。
あいつは包帯の巻かれた手を机に叩きつけ、ガウルを睨みつける。
「誰もが魔法を使える世界だと? ふざけるな! 努力もクソもなく、ただ生まれ持った回路の強度だけで天辺が決まるからこそ、魔法は気高んだ! 俺たちが命を削って磨き上げてきた技術を、そこらへんの有象無象に分け与えて平等の世界を作るだと!? そんなものは、ただの『天才』に対する冒涜だ!」
「ライゼン。お前は強い。だが、その強さは持たざる者の犠牲の上に成り立っている」
ガウルは感情を昂ぶらせることなく、淡々とライゼンの言葉を受け流した。
「俺は天才としてのプライドなど、とっくに捨てた。俺のこの命と魔力は、アステリアに、そして世界に捨てられた同胞たちの盾となるためにある」
二人の『天才』の思想が、真っ向から衝突していた。血統の絶対性を信じるライゼンと、それを底辺から破壊しようとするガウル。どちらの言い分も、この世界の現実を切り取った正論だった。
しかし、俺はその論争に加わるつもりは毛頭なかった。俺のロジックは、常に一つだけだ。
「お前たちの思想のぶつかり合いは、勝手に他所でやってくれ。ガウル、お前の狙いが世界への反逆だろうと、俺にはどうでもいい。ただ、一つだけ確実な利害の一致がある」
俺の言葉に、ガウルとライゼンの視線が同時に俺へと集まる。
「お前たちがこのアジールでどれだけ兵力を蓄えようが、現時点で最強の『個』であるイグニスの組織――あいつらが動けば、この城は内側から瓦解する。あいつらは、お前のような規格外の魔力を持つ存在を、決して見逃さない。お前が同胞を守る『盾』であり続けたいなら、俺たちと手を組んで、まずはイグニスの首を獲るべきだ」
ガウルは、俺の冷徹な提案をじっと咀嚼するように沈黙した。
窓から差し込む荒野の光が、三人の青年の影を石の床に長く伸ばしている。歪な日常を終え、いよいよ物語の歯車が、世界を巻き込む大戦へと回り始めようとしていた。




