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転生したのに魔法適性ゼロ、でも絶対一番になります!  作者: スンスンスン
アジール ~ ガウル編

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20/30

20話 異変

 ルカの指先で小さく爆ぜた風の魔力は、数秒と持たずに霧散した。

 だが、その余韻は、俺たちの足元の岩床を激しく揺るがされたかのような、強烈な沈黙をこの場に植え付けた。

「……あり得ねえ」

 ライゼンが、まるで呪われた遺物を見るような目で、ルカの手のひらを凝視している。あいつの額からは、荒野の熱気とは質の違う、冷たい汗がひと筋流れ落ちていた。

「魔法ってのは、生まれ持った肉体の『回路』を起点にして、体内に取り込んだ魔力を変換・放出する技術だ。アステリアの果実みたいに、超高濃度の魔力塊を直接ブチ込んで回路を強制変異させるならまだしも……ただの環境や、他人の魔力の影響で、回路のない人間に魔法が宿るわけがねえ! そんなことが許されたら、俺たち『選ばれた血統』の存在意義はどこへ行くんだよ!?」

 それは、世界の頂点に君臨する天才ゆえの、本能的な恐怖と拒絶だった。

 だが、俺は違った。前世の知識と、この世界の魔法の法則性を脳内で接合し、ルカの肉体を冷徹に観察する。

(いや……不可能じゃない。そもそも『回路』とは、神経系や血管系と同じく、肉体に張り巡らされた魔力の伝導経路に過ぎない。アステリアの民が生まれつき持っているものが『先天的回路』だとするなら、外部からの定常的な魔力負荷によって、既存の神経細胞が魔力を通すようにバイパス(副回路)を形成した可能性がある。ルカは果実の負荷で一度腕を焼かれている。つまり、壊死しかけた神経組織が修復される過程で、ガウルの放つ特殊な魔力粒子を触媒にして、新たに変異したんだ)

 この現象は、奇跡などではない。極めて高度で、かつ不可解な『肉体改造』のプロセスが、この城全体で意図的に行われている。

「……ルカ。ガウルは、この城の住民全員に、毎日その魔力を当てているのか?」

 俺の問いに、ルカはまだ風の余韻が残る手のひらを握り締め、深く頷いた。

「あ、あぁ。ガウル様は毎日朝と夜、この城の中心にある『核石』にその膨大な魔力を注ぎ込んでいるんだ。その魔力はこの岩の壁を伝って、城中を循環している。俺たちはただ、ここで生活して、その空気を吸っているだけなんだけど……。アルス、お前なら分かるだろ? ガウル様は、俺たちみたいな『無能』をただ憐れんで匿っているんじゃない。俺たちを、戦える人間に変えようとしてくれているんだ」

 戦える人間。つまり、この『アジール』は単なる難民キャンプではない。魔法社会のピラミッドを底辺からひっくり返すための、人工的な『無能の軍隊』の苗床だ。

「……なるほどな。あの大人しいガウルが、ずいぶんと大それた革命を目論んでいるらしい」

 俺が低く呟くと、サリアが心配そうに俺の袖を引いた。

「アルス……あなた、まさか自分の体で試そうなんて思っていないわよね? 確かにあなたの『神経最適化』は凄まじいけど、外部からの魔力で無理やり回路を作るなんて――」

「分かっている。俺とルカたちは違う。」

 サリアを安心させるようにそう告げると、俺はルカに向き直った。

「ルカ、客室へ案内してくれ。ガウルの『思想』は分かったが、俺たちがここへ来た本当の目的は、あいつの個人の純粋な戦力だ。明日、直接本人の口からその真意を問いただす」

「あ、あぁ、分かった。こっちだ」

 ルカの案内で、俺たちはさらに深く、巨岩の城の奥へと進んでいく。

 通路を歩く間も、ライゼンは一言も発さなかった。包帯に覆われたその顔は固く強張り、絶えず指先をピクピクと動かしている。自分がこれまで信じてきた『才能の絶対性』が、足元から崩壊していく足音が、あいつのプライドを内側から削り取っているようだった。

 割り当てられた客室は、やはり岩を滑らかにくり抜いた簡素な部屋だったが、不毛な荒野の割には、清潔な寝床と十分な水が用意されていた。

 サリアは部屋に入るなり、長旅の緊張が解けたのか、泥のようにベッドへ倒れ込んで眠りについた。俺たちのために、移動中も絶えず治癒魔力を流し続けてくれていたのだ。その疲労は限界を超えていたのだろう。

 部屋の隅、窓代わりの岩の隙間から差し込む月光を浴びながら、ライゼンがぽつりと声を漏らした。

「……アルス。俺は、認めないぞ」

 その声は、震えていた。だが、それは恐怖ではなく、圧倒的な拒絶と、天才としての最後の意地だった。

「泥を舐めて這い上がってきたお前は、俺がこの手で叩き潰すべきライバルだ。お前のその狂気は、俺が認めざるを得ない本物だ。だが……あんな、ただ捨てられただけの有象無象どもが、環境一つで俺たちの領域に足を踏み入れてくるなんて、そんな安っぽい世界は反吐が出る。俺は、俺の雷で、あのイグニスも、この城の欺瞞も、すべて焼き切ってやる」

「勝手にしろ。俺の目的はイグニスの首だけだ。そのためにガウルの盾が要る。お前が世界に絶望しようが、俺には関係ない」

 俺は冷たく言い放ち、硬い床の上に横たわった。

 目を閉じると、脳裏に浮かぶのはルカの放ったあの微弱な風。そして、それを可能にしているガウルの、あの底知れない魔力の質量だ。

 アステリアを追放された無能どもが集う、巨岩の城。

 明日、あの優しき大男が、どのような顔で俺たちの前に現れるのか。俺は胸の奥で魔石のノイズを静めながら、冷徹に夜の更けるのを待った。


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