15話 ライゼンの誓い
深い闇の底から、ゆっくりと意識が浮上してくる。
全身を焼き尽くすような激痛が脳髄を抉った。特に右腕と鎖骨のあたりが火を吹いたように熱い。
「……ん、っ……」
顔をしかめて目を開けると、嗅ぎ慣れた安宿の天井と、赤く目を腫らしたサリアの顔が飛び込んできた。
「アルス……!? あぁ、よかった……!」
「サリア……」
身体を起こそうとしたが、全身の筋肉が電気ショックで微細に痙攣していて動かない。だが、痛む首をなんとか巡らせた俺は、部屋の隅のベッドを見て、思わず目を疑った。
そこには、全身を包帯でぐるぐる巻きにされたライゼンが、ふてくされた顔で壁に背を預けて座っていた。
「……なんでお前がいるんだよ!」
俺が掠れた声で叫ぶと、ライゼンはチッと舌打ちをして顔を背けた。
「俺が聞きたいね。気がついたらサリアに両脇を抱えられて、お前と一緒にこの宿に転がされてたんだよ。……神殿の連中に見つかったら、どんな大騒ぎになるか分かったもんじゃないからってさ」
サリアが呆れたようにため息をつく。
「二人とも、あんなボロボロの状態で大聖堂に放置できるわけないでしょ。神殿の警備が来る前に、必死で二人を回収してここまで運んだのよ。……本当に、無茶ばかりするんだから」
「悪い、サリア……」
俺が苦笑いしていると、ライゼンがふん、と鼻で笑ってベッドから立ち上がった。普通なら数ヶ月は動けないはずの重傷だ。電流の負荷で紫色に腫れ上がっていた両腕も、微かに火花を散らしながら、すでに滑らかに動き始めている。
「……化け物め。後遺症もなしかよ」
「当たり前だ、俺を誰だと思ってる。これくらいの回復、天才の俺にしてみれば大したことない。……いや、天才、か」
ライゼンは自分の手のひらを見つめ、自嘲気味に呟いた。その瞳には、かつての傲慢な虚飾はなく、どこか吹っ切れたような強い光が宿っていた。
「俺も少しの間お前たちに協力してやる。村長への土産も用意しないと帰りづらいしな」
俺は視線だけを天井に戻し、少し考える素振りをした。
『アステリアの神童』と呼ばれたライゼンの実力は本物だ。先の見えないこれからの旅において、あいつの雷撃魔法が味方に回るメリットは計り知れない。
「合理的に考えれば悪くない……だが、その前にはっきりさせてもらうぞ、ライゼン」
俺は冷徹な目をあいつに向け、ずっと胸に引っかかっていた疑問をぶつけた。ライゼンは性格の悪いガキだったが、本質的な悪党ではなかったはずだ。だが――。
「お前、村の追手を殺したろ。そんな奴と、一緒に旅なんてできるか」
「は? 何を言ってやがる」
ライゼンは心底心外だとでも言うように眉をひそめた。
「俺は誰も殺してねえよ。村を出る時に邪魔な奴らを軽く痺れさせはしたが、命までは取ってない。神殿の騎士に囲まれた時だって、あいつらを気絶させただけだ。死体なんか知るか」
あいつの目に嘘はなかった。だとしたら、あの道中に転がっていた黒焦げの死体は一体誰の仕業だ。
俺が眉をひそめると、ライゼンは忌々しそうに吐き捨てるように、ある噂を語り始めた。
「それはおそらく、イグニスの作った組織の仕業だ」
ライゼンの口から出た名前に、室内の空気が一瞬で凍りついた。
「各地の村で起きている村人の誘拐騒ぎ……あれを裏で引き起こしているのも、イグニスの組織だ。あいつは各地から集めた人間に、魔力を強引に埋め込み、人工的に『魔族』を造り出そうとしているらしい」
その言葉に、俺の脳裏に電流が走ったような衝撃が奔る。
男爵の領地で戦った、あの黒煙の化け物。そして、俺が魔石を飲み込んだ時に肉体から噴出した、あの無彩色の『黒い炎』。
「だから……作られた魔族は、炎の魔法を使うのか」
「お前、人工魔族を見かけたのか!?」
ライゼンが驚愕に目を見開く。俺は静かに頷き、男爵領での戦いを手短に話した。ライゼンは戦慄を隠せない様子で、拳を握りしめる。
「やっぱり本当だったんだな……。あいつは人間を捨ててまで、この世界に独自の軍勢を築こうとしている」
すべてが繋がった。
村を襲う脅威も、魔石の正体も、すべてはあの圧倒的な天才――イグニスへと収束していく。
「面白い」
俺は痛む身体の奥で、再び冷徹な闘志が燃え上がるのを感じた。
「まさかお前、イグニスとやろうってんじゃねぇだろうな!? 負けるに決まってるだろ、お前みたいな――」
ライゼンはそこまで言って、ハッと口を噤み、言葉を飲み込んだ。目の前にいる『回路のない無能』に、つい先ほど自分が力負けしたのだという現実が、ライゼンの言葉を堰き止めたのだ。
ライゼンは真顔になり、気まずそうに視線を彷徨わせながら、モゴモゴと話し始めた。
「……アルス! 俺は、天才だ! だが……その、苦戦して、結果的に負けたように見えるときもある。……けど、勝つまでやればいいってことに、気がついたんだ」
「ん? いきなりなんだ。負け惜しみか?」
「違うわ! だから……ッ」
ライゼンは顔を耳まで真っ赤に染め、ひどくぎこちなく、言いにくそうに言葉を絞り出した。
「……俺がイグニスを倒す。お前たちの旅についていって、あいつを今度こそ負かしてやる。泥を舐めてでも、勝つまでやってやるって言ってるんだよ!」
プライドの塊だった男が、自らの敗北を認め、それでも前を向いた瞬間だった。そこにあるのは、かつての虚飾の自信ではない。俺との死闘を経て手に入れた、天才に挑む本物の勇気だ。
「……フッ、最高に不細工な決意表明だな。だが、お前がそのつもりなら止めはしない」
俺が少し笑ってそう返すと、ライゼンは「うるせえ!」とそっぽを向いたが、その口元はどこか引き締まっていた。
かつてのライバルを仲間に加え、俺たちの旅は、世界の裏に潜む巨大な狂気へと大きく舵を切ることになった。




