13話 枯渇
――オアァァァァァッッ!!!
大聖堂の静寂を切り裂き、俺は地を蹴った。
先ほどまでの緻密な歩法も、心臓を守るコンパクトな構えもすべて忘れた。ただ内側から湧き上がる圧倒的な破壊衝動のままに、黒炎を纏った右拳を大振りに叩きつける。
「舐めるな、アルスッ!!」
ライゼンが叫び、雷化させた左腕を突き出す。
激突。ドン、と大気が爆ぜるような重低音が響き、黒い炎と青白い雷光が四方に飛び散った。
質量を持たないはずの雷の腕。だが、俺の拳を包む黒炎は、そのエネルギーそのものを強引に喰らい、相殺していた。衝撃で俺の右拳の皮膚が弾け飛び、ライゼンの雷の腕が激しく明滅する。
「アハハハハ! 痛ぇなぁ、ライゼン! でも、きかねぇよ!!」
笑いが止まらない。脳髄を焼く全能感が、肉体の痛みをかき消す。
怯むことなく、今度は左の裏拳をあいつの顔面めがけて叩き込んだ。ライゼンはそれを紙一重でかわし、至近距離から俺の腹部へ『迅雷』を放つ。
「ガはッ……!!」
絶縁の盾などない生身の肉体に、超高電圧が突き刺さる。内臓が焼けるような激痛。しかし、魔石の力で狂った細胞は、そのダメージすら瞬時に強引に繋ぎ止め、俺の肉体を前へと押し進めた。俺はそのまま頭突きをライゼンの鼻面に叩きつける。
「ぶッ……! お前、本当にアルスか……!? 狂ってやがる!」
鼻血を噴き出しながら後退するライゼン。その瞳に宿るトラウマの色彩が、より一層濃くなっていく。
「何が天才だ! 何が神だ! 結局お前は、イグニスに怯えてここに逃げ込んできただけの腰抜けじゃねえか!!」
「黙れ!弾けろッ!!」
ライゼンの叫びに応じるように、大聖堂の天井から数条の『天雷』が降り注ぐ。
俺はそれを避けることすらしない。ただ両腕を交差し、体内から噴出する黒炎の出力を最大にして、真っ向から雷柱を受け止めた。
バリバリバリバリと、世界を白く染める雷撃の檻。
俺の肉体は黒焦げになり、血を流しながらも、一歩、また一歩とライゼンへ歩み寄る。
「あり得ない……インドラを、まともに受けて歩いてくるなんて……! 化け物め!!」
「化け物? 違うな、俺は無能のアルスだ。お前がいつも見下していた、努力しか取り柄のない出来損ないだよ!!」
黒炎を引いた右腕を力任せに振り抜く。ライゼンは雷化させた両腕を交差してそれを受け止めた。
凄まじい衝撃波が今度は大聖堂のステンドグラスを全て粉々に砕き散らす。
そこからは、言葉通りの泥沼の消耗戦だった。
俺が殴れば、黒炎がライゼンの雷を削り取る。ライゼンが電撃を放てば、俺の肉体が焦げ付き、そして魔石の暴力で再生する。
緻密な戦術などそこにはない。互いの魔力という名の命の水を、バケツでひっくり返し合うような、ただそれだけの凄惨な削り合い。
「お前を見てると無性に腹が立つんだ!才能もないくせに必死になりやがって!お前は才能の前に無力なんだ!」
ライゼンが雷の腕で俺の鎖骨を焼きながら叫ぶ。
「知るかよ! 勝てねぇって誰が決めたんだよ!」
俺は焼き切られかける鎖骨の痛みをかき消し、ライゼンの腹へ前蹴りをぶち込んだ。
ドゴォッ、と鈍い音がして、ライゼンが石畳の上を無様に転がる。
ハァ、ハァ、と、互いの荒い呼吸だけが大聖堂に響く。
気づけば、周囲の光が急速に失われていた。
「あ……が……あ、熱い……」
ライゼンが自分の両手を見て、絶望の声を漏らした。
肘から先の青白い雷が、煤が落ちるようにボロボロと崩れ、ただの生身の腕へと戻っていく。魔力を限界まで使い果たし、肉体を雷化させておく魔力構成が完全に破綻したのだ。そこにあるのは、電流の負荷で赤黒く鬱血し、ピクピクと痙攣するだけの、ただの少年の細い腕だった。
そして――。
「……チッ、ここまでか」
俺の身体からも、狂暴にうねっていた無彩色の黒炎が、嘘のように霧散していった。
魔石を使い切り、回路が消失した。
脳を支配していたドロドロとしたハイな全能感が引いていき、冷徹な理性が戻ってくる。それと同時に、今まで麻痺していた全身の火傷、裂傷、骨折の激痛が一気に脳髄を突き刺した。
「が、はっ……!」
膝から崩れ落ちそうになるのを、執念だけで踏みとどまる。
俺たちの周囲には、もう黒炎も雷光もない。ステンドグラスが砕け散り、月光だけが静かに降り注ぐ大聖堂の床で、俺とライゼンは、お互いに一歩も動けないほどボロボロになった身体で、ただハァハァと血の混じった息を吐きながら睨み合っていた。




