12話 裏返る天秤
眩い光が、網膜を焼き切るような白さで大聖堂を支配していく。
床に這いつくばる俺の視界の先、ライゼンの雷化した両腕が、さらにその輝きを増していた。周囲の空気が超高熱で歪み、石畳がピキピキと音を立ててガラス化していく。
「終わりだ、アルス。お前の足掻きも、その歪な絶縁も、すべて焼き消してやる」
ライゼンが腕を突き出す。
――瞬間、大聖堂の空間そのものが爆発した。
放たれたのは、先ほどの『天雷』をも遥かに凌駕する、文字通りの雷の津波。
俺はすぐさま右手を絶縁体へ変え、全身の筋肉を硬化させて衝撃に備えた。だが、質量を持たない「エネルギーそのもの」と化したライゼンの腕から放たれる出力は、俺の想定を遥かに超えていた。
バリバリバリバリィィィン!!!
「ガ、はッ……あぁぁぁっ!?」
防ぎきれない。手から腕、そして全身の細胞へと、超高電圧の熱量が強引に伝って突き抜ける。電子の動きを魔力粒子で代替していた脳のネットワークが、負荷に耐えかねて悲鳴を上げた。
全身の皮膚が焼け焦げ、肉が裂ける。俺の身体はなす術もなく吹き飛ばされ、大聖堂の太い石柱をへし折りながら、床へと激しく叩きつけられた。
「ハハッ、見たか! これが本物の力だ!」
ライゼンが勝ち誇った声を上げる。
俺は血反吐をぶちまけ、辛うじて上体を起こそうとしたが、指先一つ動かない。全身の筋肉が電気ショックで完全にマヒしている。
ライゼンがゆっくりと歩を進めてくる。その両腕は未だ青白い雷のままだ。物理攻撃が通じず、こちらの手札はすべて狂わされた。まさに、絶対絶命。
(……ここまで、なのか)
脳裏に、宿で待つサリアの顔が過る。無茶はしないと約束した。だが、このまま指をくわえて塵になるつもりは毛頭ない。
マヒした腕を、執念だけで動かす。俺は懐から、男爵の領地で手に入れていた「二つ目の魔石」を血まみれの手で取り出した。
サリアとの約束を破ることになる。もう一度これを飲めば、次こそ本当に理性を失い、人間ではなくなるかもしれない。
だが、死んでしまえば約束を守ることすらできない。
「死ぬなよ、ライゼン。……お前を殺すのは、俺だ」
俺は魔石を、躊躇なく口の中へ放り込み、噛み砕いて飲み込んだ。 ――直後、世界が漆黒に染まる。
「オ、アァァァァァァッッ!!!」
喉の奥から、人間のものではない絶叫が迸った。 体内のマヒが一瞬で吹き飛び、それどころか暴発的な魔力の奔流が細胞を無理やり叩き起こす。脳内に悍ましいノイズが響き渡る。だが、数日間の『神経最適化』の修行が、俺の意識を辛うじて現世へと繋ぎ止めていた。
(……アハハ! なんだ、身体が軽いな……!)
脳の奥で、何かがぶちりと切れる音がした。 恐怖も、焦りも、サリアへの罪悪感すらも、一瞬で遥か彼方へと消し飛んでいく。意識は確かにある。だが、脳髄がジクジクと熱く痺れ、内側から湧き上がる圧倒的な破壊衝動に、口元が自然と歪むのを止められなかった。
ガガガガガッ! と骨が軋む音が鳴り響き、焦げ付いていた皮膚が急速に再生していく。 俺の身体から溢れ出たのは、メラメラと不気味にうねる、無彩色の黒い炎。回路を持たない俺の肉体が、魔石の持つ回路を強引に使用して、体外へと噴出させているのだ。
黒炎を纏い、狂ったような笑みを浮かべて立ち上がる俺の姿を見て、ライゼンが初めてその顔に戦慄を浮かべ、一歩後退りした。
「な……お前、魔法が使えるようになっていたのか……!?」
驚愕に目を見開くライゼン。彼にとって、回路のない俺が魔力を放出すること自体が、世界の前提を覆す異常事態だった。 いや、それだけではない。ライゼンの瞳に宿ったのは、明らかな嫌悪と恐怖。 あいつにとって「炎」の魔法は、あまりにも忌まわしい記憶そのものだった。かつて村を出る引き金となり、己のプライドを完膚なきまでにへし折った、あのイグニスの絶対的な『熱量』。そのトラウマを想起させる黒い炎が、今、目の前の無能の身体から立ち上っている。
「魔法? ハハッ、勘違いするなよライゼン」
俺は自分の顔を覆い、指の隙間からギラギラとした瞳であいつを睨みつけた。声が、自分でも驚くほど低く、ひび割れて聞こえる。
「……これは、ただの借り物だ。さあ、今からが本番だぜ?ライゼン!!」
激しく燃え盛る黒炎が、大聖堂の月光を塗りつぶしていく。先ほどまでの、緻密な構えはどこにもない。俺はただ、獲物を見つけた獣のように両腕をだらりと下げ、無防備に、そして圧倒的な暴力の気配を撒き散らしながら、一歩を踏み出した。




