10話 決裂
黄金の衣服を纏い、人々の崇拝を傲然と受け流しながら進むライゼンの背中が、大通りの人混みの向こうへと消えていく。
群衆が未だに祈りを捧げる中、俺は路地裏の影で拳を解いた。
「宿に戻るぞ、サリア」
「え? あ、うん……」
宿の一室に入り、扉を閉めた瞬間、俺は背負い袋を床に下ろして告げた。
「ライゼンを始末しに行く。あいつはもう、村の人間じゃない」
「待って! ダメよ、アルス!」
サリアが遮るように俺の前に立ち塞がった。その瞳には、強い拒絶と焦燥が浮かんでいる。
「どうしてすぐに戦おうとするの!? あんな風に変わっちゃったけど、ライゼンは私たちの同期で、一緒に訓練してきた仲間じゃない! まずは話し合うべきよ。あの子がどうして村を出たのか、何を考えているのか、ちゃんと聞いてからでも遅くないわ!」
サリアの激しい剣幕に、俺は小さく息を吐いた。
ここで彼女の反対を押し切って強行すれば、せっかく築いてきた信頼が崩れる。何より、今のライゼンが何を目的としているのか、その内情を探る必要もあった。
「……わかった。一度だけ、あいつと話をする。それで納得してくれ」
「……うん。約束よ」
その日の深夜。俺とサリアは張り巡らされた警備の目を掻い潜り、聖都の中心にそびえ立つ大聖堂へと忍び込んだ。
昼間の熱狂が嘘のように静まり返った最奥の謁見室。豪奢な玉座に深く腰掛け、退屈そうに指先から紫電を遊ばせている男の前に、俺たちは姿を現した。
「――誰だ」
低い声と共に、バチィッ! と激しい火花が空間を裂いた。だが、俺たちの顔を見た瞬間、ライゼンの端正な顔が驚きに変貌し、すぐに不快げに歪んだ。
「アルス……? それにサリアか。まさか村のネズミがここまで追ってくるとはな。何の用だ」
「ライゼン。村長からの特命だ。村に戻れ」
俺が淡々と告げると、ライゼンは一瞬の静寂の後、大声を上げて嘲笑した。
「ハハハハハ! 村に戻れだと? 正気かよ! 見ろよこの部屋を、俺の力を! こんな最高の生活を手放して、あの狭い鳥籠でまた泥にまみれて訓練しろってか? 断るね。俺はここでは『神』なんだ。誰も俺を制御できやしないし、従う必要もない!」
ライゼンが立ち上がると、彼の全身から圧倒的な雷の魔力があふれ出し、大気がキリキリと鳴動を始めた。かつての青臭さは消え失せ、底のない傲慢さが彼を支配している。
「おい、アルス。才能の無いお前がどれだけ惨めに足掻こうが、神になった俺には届かない。……だが、サリア。お前のその顔に免じて、今回は特別に見逃してやる」
ライゼンは俺を一瞥し、鼻で笑った。
「二度と俺の前にその面を出すな。お前みたいな無能は、一生あの田舎村でうずくまって、俺の噂に怯えながら暮らすんだな。――さっさと失せろ」
「もう少し話を・・・」
バチィ!雷がライゼンの体からあふれ出し、感情の高ぶりを示している
「2度は言わない。失せろ」
取り付く島もなかった。サリアは悲しそうに唇を噛み締め、俺は無言であいつの傲慢な瞳を睨み返した。これ以上は問答の無駄だ。俺たちはライゼンの言葉通り、その場を後にした。
宿に戻った室内。サリアはベッドの端に腰掛け、うつむいたまま静かに涙を流していた。話し合えば分かり合えるかもしれないという彼女の淡い期待は、冷酷に打ち砕かれたのだ。
「……アルス。やっぱり、戦うの?」
震える声が静寂を叩く。
「ああ。あいつはもう引き返さない。村の秘密をこれ以上外に晒すわけにはいかないし……何より、あいつをあのままにしておけば、いずれ取り返しのつかないことになる」
俺の決意が絶対に揺らがないことを悟ったのだろう。サリアは涙を拭い、顔を上げて俺を真っ直ぐに見つめた。
「わかったわ。でも、条件があるの。……もし戦って、少しでも分が悪いって感じたら、意地を張らずに絶対に逃げると約束して。あなたの命より大事なものなんて、絶対にないんだから」
「……ああ、約束する。無理はしない」
俺が頷くと、彼女は少しだけ安心したように息を漏らした。だが、俺は間髪入れずに次の言葉を紡いだ。
「その代わり――今回だけは、俺についてこないでくれ。宿で待っていてほしい」
その要求に、サリアは大きく目を見開いた。いつもなら「私が行かなきゃダメ!」と猛烈に反対するはずの場面だ。
しかし、サリアは声を荒げることはなかった。じっと俺の目を覗き込み、俺がこの数ヶ月間、彼女を悲しませないために無茶な特訓をやめ、約束を守り続けてきた姿を思い出しているようだった。
「……わかったわ」
サリアは静かに、だけど祈るように深く頷いた。
「信じて待ってる。……だから、絶対に生きて帰ってきてね。アルス」
「ああ。行ってくる」
サリアからの確かな信頼を背に受けながら、俺は宿の扉を開けた。
部屋に残る彼女の温もりを背中に感じた瞬間、俺の脳のスイッチが冷徹な「戦闘モード」へと切り替わる。
(生きて勝つ、か)
名を残すためなら死んでもいいと自暴自棄だった前世の未練が、サリアの涙によって少しずつ書き換えられていくのを感じる。
だが、あいつを討つための狂気は、何一つ衰えてなどいない。
俺は夜霧の立ち込める聖都の闇へと、独り静かに溶け込んでいった。




