## 「夏音のお願い」
# エピソード102
## 「夏音のお願い」
---
花火大会が終わった。
---
祭りの賑わいも少しずつ静かになっていく。
---
屋台の灯り。
---
遠くから聞こえる笑い声。
---
夏の夜風が心地よかった。
---
恒一と夏音は並んで歩く。
---
神社から駅へ向かう帰り道。
---
しばらく。
---
二人とも何も話さなかった。
---
沈黙が嫌ではない。
---
むしろ心地よかった。
---
すると。
---
夏音が小さく口を開く。
---
「先生」
---
「ん?」
---
「お願いがあるんです」
---
恒一は足を止める。
---
「珍しいな」
---
「そんな改まって」
---
夏音は少しだけ緊張していた。
---
浴衣の袖をぎゅっと握る。
---
何度も言おうとして。
---
言葉が出てこない。
---
「夏音?」
---
「……笑わないでくださいね」
---
「内容による」
---
「もう」
---
夏音が頬を膨らませる。
---
恒一は笑った。
---
その笑顔を見て。
---
少しだけ勇気が出た。
---
「私」
---
「新しい小説を書くんです」
---
「おう」
---
「今度は長編です」
---
「いいじゃないか」
---
夏音は頷く。
---
そして。
---
意を決したように言った。
---
「主人公のモデルに」
---
「先生を使ってもいいですか?」
---
恒一。
---
完全停止。
---
「……は?」
---
数秒。
---
理解が追いつかない。
---
「俺?」
---
「はい」
---
「なんで?」
---
夏音は少し照れながら笑った。
---
「だって」
---
「先生みたいな人を書きたいんです」
---
恒一は頭を抱えた。
---
「やめろ」
---
「恥ずかしい」
---
「嫌です」
---
即答だった。
---
「もう決めてます」
---
「おい」
---
夏音は楽しそうだった。
---
だが。
---
次の言葉は少し真面目だった。
---
「先生は」
---
「誰かの夢を応援できる人です」
---
「誰かのために頑張れる人です」
---
「そういう人を書きたいんです」
---
恒一は何も言えなかった。
---
教師になって。
---
悩んだこともある。
---
失敗したこともある。
---
自分は立派な人間じゃない。
---
そう思っていた。
---
だけど。
---
夏音の目には。
---
違って見えていた。
---
「だから」
---
夏音は笑う。
---
「貸してください」
---
「先生の人生」
---
恒一は苦笑した。
---
「安い貸し出し料だな」
---
「ベストセラーになったら考えます」
---
「取る気満々じゃないか」
---
二人は笑った。
---
夜空にはまだ花火の煙が残っている。
---
その時。
---
夏音が立ち止まった。
---
少しだけ真剣な顔。
---
「先生」
---
「ん?」
---
「もう一つお願いがあります」
---
恒一が振り返る。
---
今度は。
---
さっきよりも緊張しているように見えた。
---
夏音は深呼吸する。
---
そして。
---
小さな声で言った。
---
「次の新人賞」
---
「私も一緒に挑戦していいですか?」
---
恒一は目を見開いた。
---
「夏音も?」
---
「はい」
---
「先生と並びたいんです」
---
「追いかけるだけじゃなくて」
---
「隣で頑張りたい」
---
その言葉は。
---
まっすぐだった。
---
恒一は笑った。
---
心から。
---
「もちろんだ」
---
「一緒にやろう」
---
夏音の顔がぱっと明るくなる。
---
「はい!」
---
夏の夜。
---
二人は並んで歩き出す。
---
夢へ向かう道。
---
まだ遠い。
---
でも。
---
一人じゃない。
---
だからきっと進める。
---
そう信じられる夜だった。
---
### 次回
# エピソード103
## 「二人の締切地獄」
新人賞へ向けて動き出した恒一と夏音。
しかし待っていたのは――
終わらない執筆。
減っていく睡眠時間。
迫りくる締切。
夢を追う者たちの過酷な戦いが始まる!




