表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/101

## エピソード9 ### 「僕も、書いてみたい」

## エピソード9


### 「僕も、書いてみたい」


 提出を終えたあとから、時間の流れが少しだけ変わった気がした。


 恒一は帰りの電車で、窓の外をぼんやり見ていた。


 いつもと同じ景色。

 同じ駅。

 同じ夕方。


 なのに、どこか違って見える。


「書くことをやめない理由……か」


 夏音の言葉が、まだ頭の中に残っていた。


---


 その夜。


 介護施設の休憩室。


 恒一は制服のまま椅子に座っていた。


 利用者の見守りが一段落し、少しだけ静かな時間。


 スマホを取り出す。


 メモアプリを開く。


 空白。


 もう、怖さは少し薄れていた。


---


 ふと、今日の出来事が浮かぶ。


 夏音の横顔。

 「本当のことだけです」という言葉。

 提出箱に入れた紙の感触。


 そして――


「ちゃんと悩んでるってことです」


---


 恒一は指を動かした。


---


> 今日も仕事が終わって

> 夜が来る

>

> 疲れているはずなのに

> 何かを書きたくなっている

>

> うまくは書けない

> でも

> 書いてみたいと思っている


---


 打ち終えて、少しだけ息を吐く。


 いつもの“詩かどうかの不安”はなかった。


 ただ、少しだけ気持ちが落ち着いている。


「……これでいいのか」


 自分に問いかける。


 すると、自然と答えも出る。


「今は、これでいい」


---


 その時、休憩室のドアが開いた。


「朝倉さん、ちょっといい?」


 先輩職員だった。


「あ、はい」


 スマホを慌ててポケットにしまう。


---


 仕事に戻る。


 利用者の部屋を回る。


 声かけ、介助、見守り。


 いつもの夜。


 でも、その中で少しだけ違う感覚があった。


 どこかで、自分が“書いている人間”になっている気がする。


---


 夜勤明けの朝。


 外に出ると、空が白くなっていた。


 駅へ向かう途中、恒一は無意識にスマホを開く。


 昨日の詩をもう一度見る。


 少し恥ずかしい。


 でも、消さない。


---


 電車に乗る。


 いつもの席。


 眠気。


 揺れ。


 窓の外。


 そして――


 また指が動く。


---


> 言葉にすることは

> 少しだけ怖い

>

> でも

> 何も残らないほうが

> もっと怖い気がする


---


 書いたあと、恒一は少し驚いた。


 自然に書けている。


 “詩を作っている”というより、

 “自分の中から出てきている”感覚。


---


 その瞬間、ふと思い出す。


 夏音の姿。


 ノートに迷いなく書いていた横顔。


「出てくるんです」


 あの言葉。


---


「……あいつは、最初からこうだったのか」


 ぽつりと呟く。


 そして、少しだけ悔しくなる。


 同時に。


 少しだけ、憧れる。


---


 駅に着く。


 人の流れに混ざりながら、恒一は思う。


 自分はまだ何者でもない。


 介護士で、大学生で、ただ疲れている男。


 でも。


 その中に“書く自分”が生まれ始めている。


---


 スマホを握りしめる。


 小さく呟く。


「僕も……書いてみたい」


---


 その言葉は誰に届くわけでもない。


 けれど確かに、胸の奥に落ちた。


 そして恒一は初めて、


 “書くことを続ける側の人間”になり始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ