## エピソード9 ### 「僕も、書いてみたい」
## エピソード9
### 「僕も、書いてみたい」
提出を終えたあとから、時間の流れが少しだけ変わった気がした。
恒一は帰りの電車で、窓の外をぼんやり見ていた。
いつもと同じ景色。
同じ駅。
同じ夕方。
なのに、どこか違って見える。
「書くことをやめない理由……か」
夏音の言葉が、まだ頭の中に残っていた。
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その夜。
介護施設の休憩室。
恒一は制服のまま椅子に座っていた。
利用者の見守りが一段落し、少しだけ静かな時間。
スマホを取り出す。
メモアプリを開く。
空白。
もう、怖さは少し薄れていた。
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ふと、今日の出来事が浮かぶ。
夏音の横顔。
「本当のことだけです」という言葉。
提出箱に入れた紙の感触。
そして――
「ちゃんと悩んでるってことです」
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恒一は指を動かした。
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> 今日も仕事が終わって
> 夜が来る
>
> 疲れているはずなのに
> 何かを書きたくなっている
>
> うまくは書けない
> でも
> 書いてみたいと思っている
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打ち終えて、少しだけ息を吐く。
いつもの“詩かどうかの不安”はなかった。
ただ、少しだけ気持ちが落ち着いている。
「……これでいいのか」
自分に問いかける。
すると、自然と答えも出る。
「今は、これでいい」
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その時、休憩室のドアが開いた。
「朝倉さん、ちょっといい?」
先輩職員だった。
「あ、はい」
スマホを慌ててポケットにしまう。
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仕事に戻る。
利用者の部屋を回る。
声かけ、介助、見守り。
いつもの夜。
でも、その中で少しだけ違う感覚があった。
どこかで、自分が“書いている人間”になっている気がする。
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夜勤明けの朝。
外に出ると、空が白くなっていた。
駅へ向かう途中、恒一は無意識にスマホを開く。
昨日の詩をもう一度見る。
少し恥ずかしい。
でも、消さない。
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電車に乗る。
いつもの席。
眠気。
揺れ。
窓の外。
そして――
また指が動く。
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> 言葉にすることは
> 少しだけ怖い
>
> でも
> 何も残らないほうが
> もっと怖い気がする
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書いたあと、恒一は少し驚いた。
自然に書けている。
“詩を作っている”というより、
“自分の中から出てきている”感覚。
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その瞬間、ふと思い出す。
夏音の姿。
ノートに迷いなく書いていた横顔。
「出てくるんです」
あの言葉。
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「……あいつは、最初からこうだったのか」
ぽつりと呟く。
そして、少しだけ悔しくなる。
同時に。
少しだけ、憧れる。
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駅に着く。
人の流れに混ざりながら、恒一は思う。
自分はまだ何者でもない。
介護士で、大学生で、ただ疲れている男。
でも。
その中に“書く自分”が生まれ始めている。
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スマホを握りしめる。
小さく呟く。
「僕も……書いてみたい」
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その言葉は誰に届くわけでもない。
けれど確かに、胸の奥に落ちた。
そして恒一は初めて、
“書くことを続ける側の人間”になり始めていた。




