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## エピソード10 ### 「夜勤明けのレポート地獄」

## エピソード10


### 「夜勤明けのレポート地獄」


 夏の終わりは、気づかないうちに近づいてくる。


 夜勤明けの恒一は、駅前のベンチに座ったまま動けずにいた。


 身体が重い。

 眠気が抜けない。

 頭の中だけが妙に冴えている。


 スマホの画面には大学からの通知。


『レポート提出期限:本日23:59』


「……今日かよ」


 声が出た。


---


 カバンの中には、仕事用の資料と、少し折れたノート。


 最近、書き始めた“詩のメモ”もそこにある。


 だが今は、それを開く余裕すらない。


---


 家に帰ると、靴を脱ぐ前にそのまま床に座り込んだ。


「無理だろ……」


 天井を見上げる。


 仕事は終わったばかり。

 これからレポート。

 しかも内容は教育論。


 頭が回らない。


---


 それでも、パソコンを開く。


 白い画面。


 タイトル欄にカーソルが点滅している。


「小学校教育における学習環境の重要性について」


「……知らねえよ」


 思わず本音が漏れた。


---


 数時間後。


 画面はほとんど進んでいない。


 文章は途切れ途切れ。


 コピーした資料。

 意味のわからない言い回し。

 眠気。


 そして焦り。


---


「やばいなこれ……」


 時計を見る。


 夜。


 もう逃げられない時間。


---


 その時だった。


 スマホが震える。


 通知。


 LINE。


---


夏音:

「レポート、終わりました?」


---


 恒一は一瞬固まる。


「いや……今やってる」


 すぐに返信する。


---


夏音:

「どんな感じですか?」


恒一:

「全然進んでない」


---


 少し間が空く。


 既読。


 そして――


---


夏音:

「じゃあ、書き方じゃなくて“言いたいこと”から考えてみたらどうですか?」


---


 その一文で、止まった。


「言いたいこと……?」


---


 パソコンの画面を見つめる。


 教育論。


 学習環境。


 重要性。


 でも、どれも“誰かの言葉”だった。


 自分の言葉じゃない。


---


 ふと、あの詩を書く時間を思い出す。


 夜勤明けの電車。

 眠い朝。

 揺れる車内。


 あれは全部、自分の中にあったものだった。


---


「……同じか」


 小さく呟く。


 レポートも、同じなのかもしれない。


---


 恒一はキーボードに手を置く。


 少し迷ってから、打ち始める。


---


> 私は介護の現場で働きながら

> 学ぶことの意味を考えている

>

> 子どもたちにとって

> 学校は“知識を得る場所”であると同時に

> “安心できる場所”でもあるべきだと思う


---


 手が止まる。


「……これでいいのか?」


 でも、今は少し違う。


 “正解”よりも“自分の言葉”が優先されている。


---


 気づけば、朝になっていた。


 画面にはレポートが完成している。


 完璧ではない。

 綺麗でもない。

 でも――


 どこか“自分の文章”だった。


---


 提出ボタンを押す。


「……終わった」


 深く息を吐く。


---


 その瞬間、スマホがもう一度震える。


---


夏音:

「おつかれさまです」


夏音:

「ちゃんと書けてると思いますよ」


---


 その言葉を見て、恒一は少しだけ笑った。


「……なんなんだよ、あいつ」


 呟きながらも、悪い気はしなかった。


---


 窓の外は明るくなっていた。


 新しい朝。


 眠気の向こうで、恒一は気づく。


 詩を書くことと、学ぶこと。


 その境目は、思っていたよりずっと近いのかもしれない、と。


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