# エピソード96 ## 「東京の出版社」
# エピソード96
## 「東京の出版社」
六月。
梅雨の雨が静かに降る午後。
放課後の図書室。
夏音は窓際の席で原稿を書いていた。
カリカリとペンが走る音。
向かいには恒一。
赤ペンで生徒の作文を添削している。
そんな穏やかな時間を破ったのは、一通の電話だった。
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「もしもし、黒川です」
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電話の向こう。
いつも冷静な編集者。
黒川の声だった。
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「先生、今お時間ありますか」
「ありますけど」
「少し大きな話です」
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恒一は姿勢を正した。
黒川が「大きな話」と言う時は、本当に大きい。
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「まず一つ」
「夏音さんの新刊ですが」
「売れています」
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恒一が目を見開く。
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「え?」
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黒川は続けた。
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「予想以上です」
「重版が決まりました」
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恒一は立ち上がった。
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「マジですか!?」
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図書室中に響く声。
夏音が驚く。
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「ど、どうしたんですか?」
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恒一は電話を耳に当てたまま。
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「夏音!!」
「重版だって!!」
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数秒。
理解が追いつかない。
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「……じゅうはん?」
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そして。
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「えええええええ!?」
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図書室に絶叫が響いた。
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「うそ!?」
「ほんと!?」
「私の本が!?」
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黒川が笑う。
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「本当です」
「読者からの反応も非常に良い」
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夏音の目に涙が浮かぶ。
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「読んでくれる人がいるんだ……」
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恒一も嬉しかった。
自分のこと以上に。
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その時だった。
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黒川が少し真面目な声になる。
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「そしてもう一つ」
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恒一の表情が変わる。
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「はい」
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「こちらが本題です」
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雨音だけが聞こえる。
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「東京の出版社が興味を持っています」
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「……東京?」
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「はい」
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黒川が続ける。
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「夏音さんの次回作」
「そして先生の小説」
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「両方です」
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恒一は言葉を失った。
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東京。
出版業界の中心。
そこから声がかかった。
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「冗談ですよね」
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「冗談を言うために電話しません」
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黒川は即答した。
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「来月」
「一度東京へ来てください」
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「編集会議に参加してほしい」
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恒一の心臓が大きく鳴る。
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作家になる夢。
諦めかけた夢。
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その夢が。
今。
目の前まで来ている。
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「先生」
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夏音が小さく呼ぶ。
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「どうした?」
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「私……怖いです」
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恒一は笑った。
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「実は俺も」
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二人は顔を見合わせる。
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そして同時に笑った。
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怖い。
でも。
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嬉しい。
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「行こうか」
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恒一が言った。
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「東京」
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夏音はゆっくり頷く。
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「はい」
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「先生と一緒なら」
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窓の外。
雨が少しだけ弱くなっていた。
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その日。
二人は知らなかった。
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この東京行きが。
人生を大きく変えることになることを。
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そして。
二人の関係にも。
新しい風を運んでくることを――。
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### 次回
# エピソード97
## 「初めての東京」
新幹線で向かう東京。
大都会に圧倒される夏音。
そして出版社で出会う、新たな人物――。
黒川が用意した「もう一つのサプライズ」とは?
二人の夢が、さらに大きく動き始める。




