## 「夏音、教師になる」
## 「夏音、教師になる」
六月の終わり。
雨上がりの空は驚くほど青かった。
窓から差し込む光が、教室の机を白く照らしている。
夏音は校門の前で立ち止まった。
「……」
大きく深呼吸する。
中学校。
教師。
生徒。
どれも自分とは遠い世界だと思っていた。
なのに今日。
彼女はその世界の中に立っている。
「緊張してるのか?」
後ろから聞き慣れた声がした。
振り返ると、恒一がいた。
教師らしいシャツ姿。
首から名札を下げている。
夏音は少しだけ笑う。
「しています」
「そうか」
「帰りたいです」
「まだ始まってないぞ」
「今なら間に合います」
「間に合わない」
即答だった。
夏音は小さく頬を膨らませる。
その様子を見て恒一が笑う。
その笑顔を見ると、不思議と少し安心できた。
「大丈夫だ」
恒一はそう言った。
いつもと同じ声で。
特別なことは何も言わない。
派手な励ましもない。
でも。
その一言には不思議な力があった。
「先生」
「ん?」
「もし失敗したらどうします?」
恒一は少し考える。
そして肩をすくめた。
「まあ、なんとかなるだろ」
夏音は思わず吹き出した。
「本当にそれ好きですね」
「便利だからな」
「適当です」
「否定できない」
二人は並んで校舎へ向かう。
廊下には生徒たちの声が響いていた。
笑い声。
足音。
誰かを呼ぶ声。
その全部が眩しく感じる。
夏音はふと恒一を見た。
教師として歩く姿。
生徒たちに慕われる姿。
自分の知らない恒一がそこにいた。
そして思う。
――先生、ちゃんと先生なんだな。
そんな当たり前のことに、少しだけ胸が温かくなった。
その時だった。
教室のドアが開く。
「朝倉先生ー!」
元気な声。
そして次の瞬間。
生徒たちの視線が、一斉に夏音へ向いた。
静寂。
数秒後。
教室が爆発した。
「えっ!?」
「誰!?」
「めっちゃ綺麗な人いる!」
「先生の彼女!?」
「マジで!?」
恒一は頭を抱えた。
夏音は固まった。
そして教室だけが異常な盛り上がりを見せていた――。
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