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# エピソード90 ## 「言えなかったこと」

# エピソード90


## 「言えなかったこと」


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六月。


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雨。


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恒一と夏音がケンカしてから三日。


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連絡はしていない。


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正確には。


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できなかった。


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夏音の部屋。


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机の上には原稿。


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でも。


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全然進まない。


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夏音


「はぁ……」


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スマホを見る。


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恒一とのトーク画面。


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最後の会話。


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そこから動いていない。


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その時。


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電話。


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陽菜。


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陽菜


「もしもし」


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夏音


「もしもし」


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陽菜


「声暗っ」


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夏音


「そうですか」


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陽菜


「ケンカした?」


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夏音


「なんで分かるんですか」


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陽菜


「分かるわ」


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親友だった。


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数十分後。


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カフェ。


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夏音は事情を説明する。


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陽菜は黙って聞いていた。


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そして。


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一言。


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陽菜


「夏音」


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夏音


「はい」


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陽菜


「それ、寂しかっただけでしょ」


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静かになる。


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夏音


「……」


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図星だった。


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怒っていたんじゃない。


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嫌いになったわけでもない。


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ただ。


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会いたかった。


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話したかった。


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少しだけ。


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自分を見てほしかった。


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陽菜


「ちゃんと伝えた?」


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夏音


「……」


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伝えていない。


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陽菜


「だったら言いな」


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夏音


「でも」


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陽菜


「でもじゃない」


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陽菜


「好きなんでしょ?」


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夏音


「好きです」


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即答だった。


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陽菜


「なら言え」


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夏音は少し笑う。


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やっぱり。


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陽菜は強かった。


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その頃。


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恒一。


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職員室。


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校長室。


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校長先生と二人。


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校長


「珍しい顔をしとるな」


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恒一


「そうですか」


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校長


「ケンカか」


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恒一


「なんで分かるんですか」


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校長


「年の功じゃ」


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反則だった。


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恒一は事情を話した。


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校長は静かに聞く。


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そして。


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笑う。


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校長


「朝倉先生」


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恒一


「はい」


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校長


「相手は恋人じゃろ」


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恒一


「はい」


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校長


「勝ち負けを考えるな」


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恒一


「……」


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校長


「理解しようとしなさい」


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その言葉は。


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胸に残った。


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夜。


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雨。


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恒一はスマホを手に取る。


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同じ頃。


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夏音もスマホを持っていた。


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そして。


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ほぼ同時。


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メッセージが届く。


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恒一


「話せるか?」


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夏音


「話したいです」


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二人とも少し笑う。


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通話。


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数秒。


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お互い無言。


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そして。


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先に口を開いたのは夏音だった。


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夏音


「ごめんなさい」


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恒一


「いや」


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恒一


「俺もごめん」


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夏音


「私」


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声が少し震える。


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夏音


「怒ってたんじゃなくて」


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夏音


「寂しかったんです」


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静かな声。


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本音だった。


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恒一は目を閉じる。


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やっと分かった。


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仕事が大変だった。


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余裕もなかった。


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でも。


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夏音も同じだった。


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恒一


「気付かなかった」


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夏音


「言わなかったので」


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恒一


「いや」


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恒一


「気付いてやりたかった」


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夏音


「……」


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少し泣きそうになる。


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恒一


「ごめんな」


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夏音


「はい」


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恒一


「でも」


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少し笑う。


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恒一


「次からはちゃんと言え」


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夏音


「先生もです」


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恒一


「分かった」


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夏音


「約束です」


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恒一


「約束」


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雨音。


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でも。


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心は少し晴れていた。


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夏音


「先生」


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恒一


「ん?」


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夏音


「好きです」


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恒一


「知ってる」


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夏音


「ずるいです」


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恒一


「まあ、なんとかなるだろ」


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夏音


「それで全部解決しないでください」


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二人とも笑った。


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初めてのケンカ。


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初めての仲直り。


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少しだけ。


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二人は大人になった。


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### 次回


# エピソード91


## 「夏音、教師になる」


一日だけの特別授業。


夏音が恒一の学校に招かれる。


そして生徒たちは――


「先生の彼女、めっちゃ可愛い」


と大騒ぎになる。


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