# エピソード89 ## 「初めてのケンカ」
# エピソード89
## 「初めてのケンカ」
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六月中旬。
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雨の日が続いていた。
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恒一は忙しかった。
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ものすごく。
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教師二年目。
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授業。
学級運営。
保護者対応。
部活の手伝い。
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そして。
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黒川に捕まった原稿。
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恒一
「寝る時間どこ?」
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一方。
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夏音も忙しかった。
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第二作の執筆。
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イベント準備。
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取材。
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締切。
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黒川。
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黒川
「締切は愛より強いです」
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夏音
「最近そればっかりです」
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お互い忙しい。
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だから。
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少しずつ。
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会う時間が減っていた。
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ある夜。
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恒一は帰宅した。
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夜十時。
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スマホを見る。
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夏音からメッセージ。
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> 「今日電話できますか?」
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送られた時間。
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午後七時。
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三時間前。
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恒一
「やば」
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すぐ電話する。
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しかし。
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出ない。
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少しして。
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メッセージ。
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夏音
「もう寝ます」
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短い。
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珍しく。
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すごく短い。
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翌日。
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恒一は連絡する。
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返信。
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遅い。
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なんとなく。
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空気がおかしい。
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休日。
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二人は久しぶりに会った。
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カフェ。
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いつもの席。
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でも。
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少しだけ距離が遠い。
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恒一
「ごめん」
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夏音
「何がですか」
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恒一
「電話」
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夏音
「別に」
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別に。
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この言葉は危険だった。
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恒一
「怒ってる?」
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夏音
「怒ってません」
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怒っていた。
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明らかに。
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恒一
「いや」
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恒一
「怒ってるだろ」
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夏音
「怒ってません」
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恒一
「怒ってる」
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夏音
「怒ってません」
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完全に怒っている。
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しばらく沈黙。
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そして。
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夏音がぽつりと言う。
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夏音
「先生」
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恒一
「ん?」
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夏音
「最近」
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夏音
「私より仕事が大事ですよね」
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静かになる。
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その言葉は。
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思ったより重かった。
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恒一
「違う」
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夏音
「違いません」
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恒一
「違う」
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夏音
「だって」
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少し声が震える。
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夏音
「最近全然会えてません」
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夏音
「電話もできません」
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夏音
「原稿の話になると楽しそうなのに」
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夏音
「私の話は後回しです」
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言った瞬間。
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夏音自身も後悔した。
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それは。
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本音だった。
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でも。
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言い方がよくなかった。
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恒一の顔が曇る。
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恒一
「それは違うだろ」
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夏音
「違いません」
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恒一
「仕事してるだけだ」
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夏音
「私だって仕事してます」
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初めてだった。
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こんな空気。
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恒一
「じゃあどうしろって言うんだ」
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夏音
「……」
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答えられない。
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恒一
「俺も余裕ないんだよ」
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夏音
「……」
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そして。
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ぽつり。
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夏音
「帰ります」
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立ち上がる。
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恒一
「夏音」
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夏音
「今日は無理です」
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そのまま。
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店を出て行った。
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残された恒一。
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コーヒーは冷めていた。
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人生初の本気のケンカ。
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誰かを好きになるって。
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楽しいだけじゃない。
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大切だからこそ。
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傷つくこともある。
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夜。
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スマホを見る。
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連絡はない。
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いつもなら。
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寝る前に来るメッセージも。
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今日はない。
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恒一
「……」
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窓の外では雨。
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なんとかなる。
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そう思いたい。
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でも。
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今回は少しだけ。
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自信がなかった。
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### 次回
# エピソード90
## 「言えなかったこと」
夏音は親友・陽菜に相談する。
そして恒一もまた、
ある人物に本音を打ち明ける――。
二人は仲直りできるのか。




