# エピソード87 ## 「先生の夢」
# エピソード87
## 「先生の夢」
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五月の終わり。
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公開イベントから数日。
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夏音は少し変わっていた。
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以前より笑う。
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以前より自信がある。
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そして。
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以前より原稿が進む。
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黒川
「奇跡ですね」
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夏音
「失礼です」
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黒川
「締切前に原稿がある」
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黒川
「奇跡です」
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その日の夜。
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夏音は恒一と通話していた。
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夏音
「先生」
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恒一
「ん?」
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夏音
「最近、楽しそうです」
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恒一
「そうか?」
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夏音
「そうです」
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少し考える。
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確かに。
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教師二年目は忙しい。
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でも。
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以前より余裕があった。
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夏音
「何かありました?」
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恒一
「別に」
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夏音
「嘘です」
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恒一
「なんで分かる」
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夏音
「好きなので」
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恒一
「便利な言葉だな」
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夏音
「便利です」
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少し笑う。
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そして。
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夏音は気付く。
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恒一が何かを隠している。
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数日後。
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休日。
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二人は本屋へ来ていた。
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夏音は小説コーナー。
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恒一は教育書コーナー。
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そして。
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一冊の本を手に取る。
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『子どもたちに伝わる授業づくり』
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『教師のための文章講座』
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『学級通信の作り方』
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夏音
「……」
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怪しい。
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かなり怪しい。
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帰り道。
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カフェ。
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夏音
「先生」
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恒一
「ん?」
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夏音
「何か企んでます?」
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恒一
「人聞き悪いな」
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夏音
「じゃあ隠し事です」
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恒一
「……」
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図星だった。
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夏音
「ありますね」
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恒一
「ある」
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夏音
「教えてください」
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恒一
「まだ早い」
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夏音
「気になります」
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恒一
「完成したらな」
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完成。
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その言葉に引っかかる。
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完成?
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何を?
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その答えが分かったのは。
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一週間後だった。
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夜。
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恒一の部屋。
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机の上。
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ノートパソコン。
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大量のメモ。
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夏音が偶然見つける。
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タイトル。
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# 「言葉を好きになる授業」
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夏音
「先生……」
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恒一
「うわ」
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見られた。
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完全に見られた。
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夏音はページを読む。
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授業の工夫。
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生徒とのエピソード。
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言葉の面白さ。
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教師として感じたこと。
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全部書いてある。
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夏音
「これ」
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恒一
「……本」
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夏音
「本?」
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恒一
「いつか出せたらなって」
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照れくさそうに頭をかく。
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恒一
「教師向けじゃなくて」
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恒一
「子ども向けに」
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恒一
「言葉が好きになる本」
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静かになる。
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夏音はしばらく何も言えなかった。
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だって。
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それは。
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とても恒一らしい夢だった。
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有名になりたいわけじゃない。
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売れたいわけじゃない。
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ただ。
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誰かに届けたい。
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その気持ちだけ。
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夏音
「先生」
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恒一
「ん?」
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夏音
「絶対出しましょう」
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即答。
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恒一
「いや」
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恒一
「まだ全然だぞ」
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夏音
「出しましょう」
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恒一
「聞け」
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夏音
「出しましょう」
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恒一
「圧がすごい」
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夏音は笑う。
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そして。
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少しだけ目を潤ませながら言う。
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夏音
「だって」
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夏音
「先生の言葉に救われた人」
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夏音
「私が知ってますから」
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恒一は黙る。
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言葉が出ない。
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でも。
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少しだけ嬉しかった。
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夏音
「だから」
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夏音
「次は先生の番です」
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その言葉は。
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どんな応援よりも。
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どんな賞賛よりも。
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心に残った。
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### 次回
# エピソード88
## 「編集者、二人目の作家を発見する」
黒川真琴。
ついに恒一の原稿を読む。
そして放った第一声は――
「朝倉先生、逃がしません」だった。




