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# エピソード84 ## 「先生、サインください」

# エピソード84


## 「先生、サインください」


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四月中旬。


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新しいクラスにも少し慣れてきた頃。


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恒一は職員室で採点をしていた。


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赤ペン。


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山のようなプリント。


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恒一


「終わらねえ……」


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教師二年目。


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相変わらず仕事は多かった。


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昼休み。


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職員室のドアが開く。


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「朝倉先生!」


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元気な声。


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二年生になった美咲だった。


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恒一


「どうした」


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美咲


「先生に聞きたいことあります」


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恒一


「なんだ」


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美咲は一冊の本を出した。


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恒一


「ん?」


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次の瞬間。


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心臓が止まりそうになる。


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そこにあったのは。


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## 『君の詩に、救われた』


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恒一


「……」


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美咲


「先生」


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恒一


「……」


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美咲


「なんで固まってるんですか」


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恒一


「いや」


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恒一


「別に」


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別にじゃない。


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大問題だった。


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なぜ。


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なぜ学校にある。


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美咲


「この本すごく良かったです」


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恒一


「へぇ」


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美咲


「泣きました」


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恒一


「そうか」


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美咲


「作者知ってます?」


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恒一


「知らない」


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嘘だった。


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めちゃくちゃ知っている。


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美咲


「絶対知ってる顔してます」


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恒一


「気のせいだ」


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美咲


「怪しいです」


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完全に怪しかった。


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放課後。


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さらに事件は起きた。


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「先生!」


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別の生徒。


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「この本知ってる?」


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また詩集。


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恒一


(増えてる!?)


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しかも。


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女子生徒が三人いる。


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「これ好きなんだよね」


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「言葉が綺麗」


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「続き出ないかな」


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恒一


(本人に伝えてやりたいな……)


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その時。


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女子生徒の一人が言う。


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「作者さんのサイン欲しい」


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恒一


「!」


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嫌な予感。


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美咲


「先生なら知ってそう」


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恒一


「なんでだよ」


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美咲


「なんとなく」


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なんとなくが鋭すぎる。


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その日の夜。


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恒一はすぐ夏音へ連絡した。


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恒一


「大変だ」


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夏音


「?」


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恒一


「学校で本見つかった」


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既読。


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一秒。


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二秒。


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夏音


「え?」


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恒一


「生徒が読んでた」


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夏音


「え?」


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恒一


「泣いたらしい」


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夏音


「え?」


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完全停止。


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恒一


「おい」


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夏音


「無理です」


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恒一


「何が」


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夏音


「嬉しすぎます」


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恒一は思わず笑った。


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夏音


「先生」


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恒一


「ん?」


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夏音


「私」


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少し間。


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夏音


「頑張ってよかったです」


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その一文は。


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旅行の時より。


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本が出た時より。


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もっと重かった。


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誰かに届く。


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そのために書いてきた。


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そして今。


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本当に届いている。


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恒一


「だから言っただろ」


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夏音


「はい」


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夏音


「言葉って不思議ですね」


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恒一は少し笑う。


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恒一


「まあ、なんとかなるだろ」


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夏音


「それ口癖にするんですか」


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恒一


「悪いか」


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夏音


「好きです」


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恒一


「うるせえ」


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スマホの向こうで。


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きっと夏音は笑っている。


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そして恒一も。


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少し笑っていた。


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### 次回


## エピソード85


### 「売れっ子作家と新人教師」


夏音の第二作が動き出す。


しかし黒川編集者が、

夏音にまさかの無茶ぶりを出す――。


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