# エピソード80 ## 「午前二時の本音」
# エピソード80
## 「午前二時の本音」
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旅館の部屋。
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時計を見る。
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午前二時。
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本来なら、とっくに眠っている時間だった。
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でも。
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今日だけは違う。
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旅行は不思議だ。
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同じ人。
同じ会話。
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なのに。
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少しだけ世界の見え方が変わる。
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窓の外では雪。
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静かだった。
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静かすぎるくらいに。
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夏音は窓際に座っていた。
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旅館の明かりが横顔を照らしている。
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恒一は少し離れた場所に座る。
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無理に話さない。
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無理に沈黙を埋めない。
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それがこの二人だった。
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しばらくして。
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夏音:
「先生」
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恒一:
「ん?」
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夏音:
「もしですよ」
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恒一:
「うん」
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夏音:
「私と出会ってなかったら」
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少しだけ息が止まる。
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夏音:
「今、どうなってたと思いますか」
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難しい質問だった。
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でも。
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答えは意外とすぐ出た。
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恒一:
「たぶん」
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恒一:
「教師にはなってたと思う」
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夏音は黙って聞いている。
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恒一:
「でも」
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少し笑う。
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恒一:
「今ほど楽しくなかったと思う」
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それは本音だった。
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教師になる夢はあった。
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頑張った。
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叶えた。
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でも。
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その途中で。
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何度も諦めそうになった。
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何度も自信を失った。
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そんな時。
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スマホの向こうにいたのが夏音だった。
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夏音:
「……そっか」
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小さな声。
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少しだけ嬉しそうだった。
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恒一:
「お前は?」
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夏音:
「え?」
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恒一:
「俺と出会わなかったら」
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夏音は考える。
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長く。
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本当に長く。
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そして。
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夏音:
「詩は書いてたと思います」
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恒一:
「うん」
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夏音:
「でも」
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少し笑う。
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少し泣きそうに。
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夏音:
「本は出してないと思います」
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静かになる。
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夏音:
「怖かったので」
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夏音:
「誰かに読まれるの」
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夏音:
「誰かに否定されるの」
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恒一は知っていた。
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彼女がどれだけ悩んでいたか。
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どれだけ自分の言葉を信じられなかったか。
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夏音:
「だから」
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夏音:
「先生がいたからです」
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雪が降る。
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窓の向こう。
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真っ白な世界。
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恒一:
「違う」
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夏音が顔を上げる。
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恒一:
「俺がいただけじゃ無理だ」
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恒一:
「書いたのはお前だろ」
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恒一:
「頑張ったのも」
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恒一:
「苦しんだのも」
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恒一:
「全部お前だ」
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夏音は何も言わない。
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でも。
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少しだけ目が赤かった。
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夏音:
「先生」
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恒一:
「ん?」
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少し迷う。
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そして。
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本当に小さな声で言う。
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夏音:
「好きです」
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何度も聞いた言葉。
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付き合ってからも聞いた。
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でも。
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今日のそれは違った。
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感謝も。
安心も。
未来も。
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全部入っている気がした。
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恒一:
「……知ってる」
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夏音が笑う。
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夏音:
「返事になってません」
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恒一:
「じゃあ」
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少し照れながら。
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でも逃げずに。
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恒一:
「俺も好きだ」
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静かな部屋。
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雪の音。
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午前二時。
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派手な告白じゃない。
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ドラマみたいな展開もない。
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でも。
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二人にとっては。
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たぶん。
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今までで一番幸せな時間だった。
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### 次回
## エピソード81
### 「好きになってよかった」
旅行編、いよいよクライマックス。
翌朝、夏音が恒一に打ち明ける“ずっと言えなかった願い”とは――。




