## エピソード79 ### 「浴衣と缶ジュース」
## エピソード79
### 「浴衣と缶ジュース」
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部屋へ戻ったあとも。
恒一は、なかなか眠れなかった。
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布団に入っても。
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> 「先生となら、未来の話したいです」
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その言葉が頭から離れない。
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(反則だろ……)
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天井を見る。
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旅館特有の静けさ。
遠くで聞こえる風の音。
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そして。
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隣の空間に、夏音がいる。
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それだけで落ち着かない。
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## 深夜〇時半
スマホが震える。
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夏音:
「起きてますか」
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恒一:
「起きてる」
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夏音:
「やっぱりです」
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恒一:
「そっちもだろ」
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夏音:
「少しだけ散歩しませんか」
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## 旅館の外
夜の温泉街。
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雪は少し弱くなっていた。
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提灯の灯り。
静かな道。
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夏音は浴衣の上に羽織を着ている。
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白い息。
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恒一:
「寒くないか」
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夏音:
「少し」
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恒一:
「じゃあなんで来た」
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夏音:
「先生と話したかったので」
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また、そういうことを自然に言う。
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恒一は苦笑するしかない。
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## 自販機
古い自販機。
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温かい缶ジュースの光。
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夏音:
「旅館の自販機って、なんか好きです」
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恒一:
「分かる」
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恒一は缶コーヒー。
夏音はココア。
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ベンチに座る。
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静かな夜。
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雪が、ゆっくり落ちてくる。
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## 温かい缶
夏音は缶を両手で持ちながら、小さく息を吐く。
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夏音:
「あったかい……」
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その姿が、妙に可愛く見えてしまう。
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恒一は視線を逸らす。
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夏音:
「先生」
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恒一:
「ん?」
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夏音:
「今、可愛いって思いました?」
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吹きそうになる。
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恒一:
「なんで分かるんだよ」
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夏音:
「顔です」
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恒一:
「最悪だ……」
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夏音が声を出して笑う。
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その笑い声が、冬の空気に溶けていく。
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## 将来の話
少しして。
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夏音:
「先生」
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恒一:
「ん?」
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夏音:
「将来、どんな先生になりたいですか」
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恒一は少し考える。
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以前なら。
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“ちゃんとした教師”とか。
“子どもに好かれる教師”とか。
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そういう答えを探した気がする。
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でも今は。
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恒一:
「……子どもが、“言葉嫌いにならない”授業したい」
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静かな声。
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恒一:
「うまく言えなくても」
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恒一:
「誰かに届くことあるって、知ってほしい」
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夏音は黙って聞いていた。
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そして。
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少しだけ目を細める。
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夏音:
「やっぱり先生、先生向いてます」
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恒一:
「お前、その言い方好きだな」
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夏音:
「はい」
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即答だった。
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## 逆質問
恒一は缶コーヒーを見ながら聞く。
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恒一:
「お前は」
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夏音:
「ん?」
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恒一:
「どんな作家になりたいんだ」
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夏音は少しだけ空を見る。
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雪。
夜空。
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そして、ゆっくり答える。
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夏音:
「誰かの、“帰る場所”みたいな言葉を書きたいです」
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その瞬間。
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恒一は思う。
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(もう、なってるだろ)
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自分にとって。
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夏音の言葉は。
夏音そのものは。
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もう、帰る場所みたいだった。
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## 帰り道
旅館へ戻る途中。
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雪道で、夏音が少し滑る。
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夏音:
「きゃっ」
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恒一:
「危なっ……!」
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咄嗟に腕を掴む。
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一瞬。
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距離が近くなる。
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近すぎるくらい。
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夏音が目を丸くする。
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恒一も固まる。
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白い息が混ざる距離。
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静かな夜。
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数秒。
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どっちも動けない。
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そして。
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夏音:
「……先生」
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恒一:
「ん?」
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夏音:
「心臓うるさいです」
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恒一:
「お前のもな」
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その瞬間。
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二人同時に笑ってしまった。
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雪はまだ静かに降っている。
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そして。
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旅行の夜は、少しずつ二人を“恋人”に変えていっていた。




