## エピソード78 ### 「旅館の夜、眠れない二人」
## エピソード78
### 「旅館の夜、眠れない二人」
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夜十一時。
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旅館の廊下は静かだった。
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遠くで聞こえるのは、温泉の水音だけ。
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恒一は浴衣姿のまま、自販機の前に立っていた。
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(眠れねえ……)
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理由は分かっている。
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旅行。
二人きり。
同じ旅館。
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落ち着けるわけがなかった。
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缶コーヒーを買う。
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「先生」
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後ろから声。
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振り返る。
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夏音。
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浴衣。
少し濡れた髪。
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その瞬間。
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思考が止まる。
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夏音:
「固まりました?」
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恒一:
「……いや」
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夏音:
「嘘です」
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絶対バレていた。
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## 自販機前
夏音も温かいミルクティーを買う。
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湯気。
静かな夜。
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少しだけ距離が近い。
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浴衣のせいか。
旅館のせいか。
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いつもより、お互いが近く感じる。
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夏音:
「先生も眠れないんですか」
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恒一:
「まあ、少し」
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夏音:
「子どもみたいです」
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恒一:
「お前もだろ」
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夏音が少し笑う。
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## 夜のロビー
二人はロビーのソファへ移動する。
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窓の外には雪。
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暖色の灯り。
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静かな空間。
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旅館って不思議だった。
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現実から少しだけ切り離されている。
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だから。
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普段なら言えないことも、少し言えそうになる。
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## 深夜の会話
しばらく沈黙。
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でも、その沈黙は嫌じゃない。
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夏音:
「先生」
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恒一:
「ん?」
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夏音:
「最近、幸せですか」
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突然だった。
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でも。
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恒一は少し考えて、ちゃんと答える。
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恒一:
「……幸せだと思う」
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夏音の目が少し揺れる。
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恒一:
「前はさ」
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恒一:
「“未来”って、ずっと遠かった」
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静かな声。
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恒一:
「教師になれるかも分かんなかったし」
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恒一:
「誰かとこうなるとも思ってなかった」
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夏音は黙って聞いている。
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恒一:
「でも今は」
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少し笑う。
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恒一:
「来年の話とか、普通に考えてる」
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夏音が小さく息を飲む。
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## 夏音の本音
少しして。
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夏音:
「私もです」
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窓の外を見る。
雪。
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夏音:
「昔は、“このままずっと一人なんだろうな”って思ってました」
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その声は静かだった。
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でも、少しだけ寂しさが混ざっていた。
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夏音:
「誰かと一緒に未来を考えるなんて」
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夏音:
「自分にはないと思ってた」
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恒一は何も言わない。
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ただ、隣で聞く。
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それだけでいい気がした。
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## 少しだけ近い距離
ロビーには誰もいない。
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時計の音だけが響く。
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夏音が小さく笑う。
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夏音:
「でも今は」
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少し間。
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夏音:
「先生となら、未来の話したいです」
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胸が熱くなる。
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静かに。
でも、確かに。
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恒一はゆっくり息を吐く。
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恒一:
「……俺も」
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短い言葉。
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でも。
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それだけで十分だった。
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## 部屋へ戻る前
立ち上がる。
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夜は深い。
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廊下へ向かう途中。
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夏音が、そっと袖を掴む。
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恒一:
「ん?」
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夏音は少し迷って。
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そして、小さく言う。
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夏音:
「今日」
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夏音:
「旅行、来てよかったです」
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その顔は、少し照れていた。
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恒一は笑う。
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恒一:
「……俺も」
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雪はまだ降っている。
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静かな旅館の夜。
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でも二人の距離は。
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もう、最初の頃には戻れないくらい近くなっていた。




