## エピソード7 ### 「夜勤帰りの電車」
## エピソード7
### 「夜勤帰りの電車」
夜勤明けの朝は、いつも世界が少しだけ遠かった。
恒一は制服のまま駅のホームに立っていた。
眠い。
身体が重い。
頭の奥がずっとぼんやりしている。
それでも、電車は来る。
当たり前みたいに。
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車内は空いていた。
窓際の席に座ると、体がそのまま沈むような感覚になる。
目を閉じる。
少しだけ眠りかけて――
すぐに起きる。
夢と現実の境目が曖昧だった。
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ポケットの中でスマホが震えた。
無意識に開く。
メモアプリ。
昨日書いた言葉が残っている。
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> 言葉にできない感情が
> まだここにある
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その一行だけが、やけに浮いて見えた。
「……これ、なんなんだろうな」
詩なのか、ただのメモなのか。
でも消そうとは思わなかった。
むしろ、少しだけ大事に感じている自分がいた。
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電車が揺れる。
窓の外を流れる景色。
ビル、住宅、川。
どれも見慣れたはずなのに、
今日は違って見えた。
まるで、自分の頭の中みたいに曖昧だった。
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ふと、隣の席に座る人の声が聞こえた。
「ねえ、昨日の授業さ〜」
大学生の会話。
恒一は視線を上げる。
若い。
軽い。
未来がそのまま前に広がっているような声。
少しだけ胸が痛くなる。
自分には、あんな空気はもうないのかもしれない。
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その時だった。
スマホに通知。
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『提出課題:詩を書く(締切明日)』
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「……詩」
小さく呟く。
忘れていた。
いや、忘れようとしていたのかもしれない。
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恒一は窓の外を見た。
流れる景色の中で、
自分だけが止まっている気がした。
「何書けばいいんだよ……」
正直な気持ちだった。
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そのとき。
ふと、あの声が浮かぶ。
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「あなたは、何を書きたいんですか?」
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夏音の言葉。
何度も思い出す。
でも、答えはまだ出ていない。
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電車が駅に止まる。
ドアが開く。
人が降りていく。
流れに押されるようにして、恒一も降りた。
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ホームの空気は少し冷たかった。
夜勤明けの体には、やけにしみる。
駅のベンチに座る。
少しだけ時間がある。
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スマホを開く。
空白の画面。
指が止まる。
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しばらくして、恒一は小さく息を吐いた。
そして、ゆっくり打ち始める。
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> 夜勤明けの電車は
> いつも少しだけ静かだ
>
> 人の声が遠くて
> 自分の呼吸だけが近い
>
> 眠いはずなのに
> 眠れないまま
> どこかへ戻っていく
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打ち終えたあと、手が止まる。
いつものように「これでいいのか」と思う。
でも今日は違った。
続きが、まだある気がした。
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少し迷ってから、もう一行だけ打つ。
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> それでも
> どこかに行きたいと思っている
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その瞬間。
胸の奥が、少しだけ熱くなった。
「……俺、まだ」
言葉にならないまま、口が止まる。
でも確かに感じていた。
自分はまだ、何かを諦めきっていない。
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遠くで電車の音が響く。
新しい一日が始まろうとしていた。
その中で恒一は初めて、
“まだ終わっていない自分”に気づき始めていた。




