# 第二部・冬編 # 「言葉のない景色へ」 --- ## エピソード76 ### 「はじめての旅行」
# 第二部・冬編
# 「言葉のない景色へ」
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## エピソード76
### 「はじめての旅行」
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二月の終わり。
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夜。
恒一は部屋で採点をしていた。
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赤ペン。
机。
静かな部屋。
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スマホが震える。
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夏音:
「先生」
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恒一:
「ん?」
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夏音:
「突然ですが」
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恒一:
「嫌な予感するな」
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夏音:
「旅行、行きませんか」
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赤ペンが止まる。
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恒一:
「旅行?」
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夏音:
「はい」
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夏音:
「温泉です」
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恒一:
「急だな」
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夏音:
「ずっと行きたかったので」
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少し間。
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夏音:
「先生と」
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その一文で、心臓が少し跳ねる。
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## 数日後
駅。
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朝のホーム。
少し冷たい空気。
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恒一は小さな旅行バッグを肩にかけながら、時計を見る。
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(ほんとに来たのか俺……)
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恋人との旅行。
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人生で縁がないと思っていたイベント第一位だった。
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「先生」
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振り返る。
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夏音。
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白いマフラー。
コート。
少しだけ眠そうな顔。
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でも。
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その姿を見た瞬間。
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来てよかったと思った。
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恒一:
「朝弱いのに起きれたんだな」
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夏音:
「先生よりはちゃんとしてます」
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恒一:
「失礼だな」
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笑う。
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でも、お互い少しだけ緊張している。
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“旅行”って響きには、普段と違う空気がある。
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## 電車
窓側に夏音。
通路側に恒一。
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電車がゆっくり動き出す。
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流れていく街並み。
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夏音:
「なんか不思議です」
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恒一:
「何が」
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夏音:
「先生と旅行してるの」
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恒一:
「俺も思ってる」
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少し沈黙。
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でも。
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沈黙が苦しくない。
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それが、この二人らしかった。
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## 車内
しばらくして。
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夏音が小さな袋を取り出す。
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夏音:
「お菓子食べますか」
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恒一:
「遠足かよ」
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夏音:
「旅行です」
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渡されるチョコ。
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恒一は苦笑しながら受け取る。
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恒一:
「準備いいな」
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夏音:
「先生、絶対何も持ってこないと思ったので」
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恒一:
「子ども扱いすんな」
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夏音:
「でも先生、絶対“まあ現地でいいか”って言います」
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図星だった。
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恒一:
「……なんで分かるんだよ」
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夏音:
「好きなので」
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さらっと言う。
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窓の外を見るふりをする。
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最近、本当に心臓に悪い。
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## 山の景色
都会を抜ける。
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窓の外に、雪が残る山。
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白い景色。
静かな川。
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夏音:
「綺麗ですね」
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その横顔を見る。
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景色を見てる顔が、少し子どもみたいだった。
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恒一:
「……だな」
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でも。
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本当は景色より、そっちを見ていた。
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## 目的地
小さな温泉町。
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観光地というより、“静かな町”だった。
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昔ながらの旅館。
雪が少し積もった道。
温泉まんじゅうの湯気。
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夏音:
「好きです、こういう場所」
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恒一:
「お前っぽいな」
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夏音:
「先生も似合ってます」
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恒一:
「そうか?」
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夏音:
「なんか、“小説の主人公感”あります」
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恒一:
「やめろ恥ずい」
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でも少し笑う。
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## 旅館
部屋に入る。
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畳。
座卓。
窓の向こうには雪景色。
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静かだった。
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静かすぎるくらいに。
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恒一は荷物を置きながら思う。
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(……やばいな)
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今までで一番、“二人きり”だった。
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夏音も少し落ち着かないのか、窓の外を見ている。
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そして。
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夏音:
「先生」
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恒一:
「ん?」
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夏音:
「旅行、来てよかったです」
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その声は、小さかった。
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でも。
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雪景色よりずっと綺麗に、恒一の胸に残った。




