## エピソード74 ### 「春になる前に」
## エピソード74
### 「春になる前に」
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二月。
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雪は減った。
でも風はまだ冷たい。
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恒一は職員室の窓から、夕方の校庭を見ていた。
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サッカーをしている子どもたち。
笑い声。
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その光景を見ながら、少しだけ思う。
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(ちゃんと、“先生”になってきたのかもな)
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最初は余裕なんてなかった。
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授業をするだけで精一杯。
子どもたちの言葉に傷つく日もあった。
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でも今は違う。
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完璧じゃない。
失敗もする。
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それでも、“ここにいていい”と思える。
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## 職員室
「朝倉先生」
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先輩教師が声をかけてくる。
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「最近、生徒から人気ありますよ」
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恒一:
「は?」
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「“国語楽しい”って言う子、増えました」
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一瞬、言葉が止まる。
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そんなこと、考えたこともなかった。
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でも。
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胸の奥が少し熱くなる。
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## 夜
帰宅。
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スマホが震える。
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夏音:
「先生、お疲れさまです」
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恒一:
「そっちも」
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夏音:
「今日、感想をもらいました」
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恒一:
「また?」
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夏音:
「“前を向けました”って」
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少し間。
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夏音:
「泣きました」
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恒一は小さく笑う。
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恒一:
「泣きすぎだろ」
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夏音:
「先生のせいです」
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恒一:
「なんでだよ」
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夏音:
「感情を言葉にしていいって、教えたので」
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その一文に、恒一は少し黙る。
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以前の自分なら。
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こんなふうに誰かに必要とされる未来なんて、信じなかった。
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## 深夜の通話
その夜。
二人は久しぶりに長電話をしていた。
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仕事の話。
子どもの話。
読者の話。
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そして。
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未来の話。
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夏音:
「先生」
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恒一:
「ん?」
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夏音:
「春になったら、また新しい子たち来ますね」
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恒一:
「だな」
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夏音:
「怖いですか」
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恒一は少し考える。
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恒一:
「……少し」
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正直に答える。
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恒一:
「でも、前ほどじゃない」
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夏音:
「どうしてですか」
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窓の外を見る。
夜。
静かな街。
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恒一:
「一人じゃないからかもな」
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通話の向こうが静かになる。
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そして。
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夏音:
「……ずるいです」
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恒一:
「なんで」
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夏音:
「そういうこと、急に言うので」
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少し笑う。
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前なら、絶対に言えなかった。
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でも今は違う。
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伝えたいと思う。
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ちゃんと言葉にしたいと思う。
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## 数日後
休日。
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二人は大きな書店へ来ていた。
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夏音の詩集コーナー。
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そこには手書きPOPが置かれていた。
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> “静かに心へ届く一冊”
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夏音はそれを見て、少し目を丸くする。
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夏音:
「すごい……」
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恒一:
「ちゃんと届いてんじゃん」
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夏音は静かに本を手に取る。
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そして、小さく言う。
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夏音:
「先生」
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恒一:
「ん?」
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夏音:
「次の本は」
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少し照れながら笑う。
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夏音:
「もっと幸せな話を書きたいです」
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恒一は、その言葉を聞いて少し笑った。
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最初に出会った頃。
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夏音の言葉は、孤独だった。
痛みの中にいた。
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でも今は違う。
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未来を書こうとしている。
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幸せを書こうとしている。
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それが、どうしようもなく嬉しかった。
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## 帰り道
夕暮れ。
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二人は並んで歩く。
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信号待ち。
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恒一はふと、夏音を見る。
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笑っている。
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ちゃんと前を向いている。
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そして思う。
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春になる。
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また忙しくなる。
悩む日もある。
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でも。
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たぶん大丈夫だ。
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この人となら。
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ちゃんと、未来へ進んでいける。




