## エピソード72 ### 「冬のはじまりと、新しい教室」
## エピソード72
### 「冬のはじまりと、新しい教室」
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十二月。
朝の空気は、もう完全に冬だった。
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吐いた息が白い。
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恒一はマフラーを巻きながら学校へ向かっていた。
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駅前の本屋には、まだ夏音の詩集が並んでいる。
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## 『君の詩に、救われた』
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その光景を見るたびに、少し不思議になる。
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あの夜。
スマホ越しに詩を送り合っていた時間が。
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今は、本として誰かの手に渡っている。
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人生って、本当に分からない。
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## 教室
「先生ー!雪降るかな!」
「朝倉先生ってクリスマス暇そう!」
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恒一:
「うるせえ!」
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教室が笑う。
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以前より、子どもたちとの距離が近くなっていた。
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怒るだけじゃない。
ちゃんと笑える。
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そして。
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言葉を渡せるようになってきた。
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## 放課後
教室の掃除が終わる。
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一人の女子生徒が、帰り際に小さな紙を渡してきた。
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「先生、これ」
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恒一:
「ん?」
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開く。
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> “先生の授業、前より国語好きになった”
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一文だけ。
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でも。
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恒一はしばらく動けなかった。
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(……届いてる)
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また。
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ちゃんと。
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## 夜
恒一は、その紙を机の上に置いたままスマホを開く。
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夏音:
「今日も先生してましたか」
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恒一:
「なんだよその聞き方」
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夏音:
「最近、顔つき変わったので」
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恒一:
「またそれか」
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少し迷う。
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でも今日は、ちゃんと伝えたくなった。
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恒一:
「今日さ」
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恒一:
「“授業好きになった”って言われた」
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既読。
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数秒。
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夏音:
「……よかったですね」
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その短い言葉が、やけに優しい。
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恒一:
「ちょっと泣きそうだった」
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夏音:
「先生、涙もろいです」
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恒一:
「うるせえ」
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でも否定できない。
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## 数日後
休日。
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二人は小さな喫茶店にいた。
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窓の外では、少しだけ雪が降っている。
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夏音:
「冬ですね」
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恒一:
「だな」
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夏音はコーヒーカップを両手で持ちながら、小さく笑う。
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夏音:
「去年の今頃、こんな未来想像してませんでした」
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恒一も同じだった。
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教師になること。
本が出ること。
誰かと並んで冬を過ごすこと。
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全部、遠かった。
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## 新しい話
夏音はバッグからノートを取り出す。
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恒一:
「また新作か?」
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夏音:
「はい」
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少し照れながら笑う。
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夏音:
「今度は、“教師”を書くかもしれません」
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恒一:
「やめろ」
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夏音:
「人気出そうです」
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恒一:
「絶対盛るだろ」
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夏音:
「少しだけ」
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笑う。
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その笑いが、あまりにも自然で。
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恒一はふと思う。
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恋って、“特別な瞬間”だけじゃない。
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こういう。
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何でもない会話の積み重ねなんだろう。
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## 帰り道
雪が少し強くなる。
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夏音が立ち止まる。
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夏音:
「先生」
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恒一:
「ん?」
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夏音:
「寒いです」
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恒一:
「そりゃ冬だからな」
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夏音:
「そうじゃなくて」
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少し間。
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夏音:
「手、繋いでください」
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一瞬だけ笑う。
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恒一:
「最初より素直になったな」
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夏音:
「先生のせいです」
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そして。
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重なる手。
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白い息。
冬の夜。
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でも、不思議と寒くない。
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恒一は空を見る。
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人生はまだ途中だ。
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教師としても。
書く人としても。
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でも。
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隣にこの人がいるなら。
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ちゃんと進める気がした。




