## エピソード71 ### 「君の名前が並ぶ日」
## エピソード71
### 「君の名前が並ぶ日」
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十一月。
空気はすっかり秋から冬へ変わり始めていた。
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学校の朝は早い。
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恒一は誰もいない教室で、黒板に今日の日付を書いていた。
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白いチョーク。
静かな教室。
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少し前まで、この時間が苦手だった。
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教師としてちゃんとやれているのか。
子どもたちに届いているのか。
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ずっと不安だった。
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でも最近は違う。
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完璧じゃなくてもいいと思える。
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届く言葉もあれば、届かない日もある。
それでも、続ける意味はある。
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それを教えてくれたのは。
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たぶん。
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「先生ー!」
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ドアが開く。
子どもたちが入ってくる。
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「朝倉先生、今日テスト?」
「えー最悪ー!」
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恒一:
「うるせえ、席つけー」
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教室が笑い声でいっぱいになる。
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その瞬間。
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(ああ、俺ここ好きなんだな)
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ふと思った。
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## 昼休み
職員室。
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スマホが震える。
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夏音:
「先生」
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恒一:
「どうした」
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夏音:
「大変です」
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恒一:
「なに」
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数秒後。
画像が送られてくる。
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本屋の棚。
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その中に。
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## 『君の詩に、救われた』
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白い表紙。
小さな帯。
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ちゃんと、“売り物の本”として並んでいる。
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恒一は息を止める。
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恒一:
「……マジか」
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夏音:
「本当に並んでました」
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夏音:
「足が震えました」
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その文章だけで、夏音がどんな顔をしてるか分かる。
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きっと泣きそうになってる。
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恒一:
「今どこ」
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夏音:
「駅前の本屋です」
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恒一:
「動くな」
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## 夕方
仕事を終えた恒一は、そのまま駅前へ向かった。
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本屋の自動ドアが開く。
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暖房の匂い。
本の匂い。
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そして。
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詩集コーナー。
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夏音が立っていた。
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少し緊張した顔。
でも、どこか嬉しそうな顔。
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そして、その横に並ぶ。
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## 『君の詩に、救われた』
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現実だった。
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恒一は本を一冊手に取る。
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重みがある。
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ページの中には。
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今までの時間が全部詰まっている。
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夜の通話。
不安。
距離。
恋。
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全部。
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夏音:
「変な感じです」
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恒一:
「うん」
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夏音:
「自分の言葉が、本屋にあるの」
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恒一は静かに笑う。
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恒一:
「ちゃんと届いたな」
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夏音は少し黙る。
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そして、小さく言う。
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夏音:
「先生がいたからです」
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恒一:
「いや」
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本を閉じる。
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恒一:
「お前が書いたからだろ」
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その言葉で、夏音の目が少し揺れる。
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## 本屋の隅
二人は並んで座れる小さなスペースに移動する。
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周りには静かな音楽。
ページをめくる音。
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夏音は自分の本を抱えたまま、少し俯いていた。
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夏音:
「私」
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恒一:
「ん?」
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夏音:
「前まで、自分の言葉が嫌いでした」
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静かな声。
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夏音:
「誰にも届かないと思ってたので」
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恒一は黙って聞く。
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夏音:
「でも」
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本を少し強く抱きしめる。
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夏音:
「今は、少し好きです」
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その一言で。
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恒一は、なぜか泣きそうになる。
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## 帰り道
夜。
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二人は駅まで歩く。
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冬の空気は冷たい。
でも、隣は温かい。
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夏音:
「先生」
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恒一:
「ん?」
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夏音:
「次の夢、ありますか」
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恒一は少し考える。
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教師として。
書く人として。
恋人として。
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色んな未来が頭をよぎる。
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そして。
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恒一:
「……ある」
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夏音:
「聞いてもいいですか」
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恒一は少し笑う。
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恒一:
「お前と、もっと先まで行くこと」
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風が止まる。
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夏音は少しだけ目を見開く。
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そして。
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泣きそうに笑った。
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その顔を見ながら、恒一は思う。
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人生は、急に変わるわけじゃない。
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でも。
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一つの言葉が。
一人の出会いが。
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人を、ここまで連れてくることがある。
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だからきっと。
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これから先も、書き続けるのだと思った。




