## エピソード68 ### 「恋人になった、その次の日」
## エピソード68
### 「恋人になった、その次の日」
---
次の日。
---
恒一は、ほとんど眠れなかった。
---
理由は分かっている。
---
> 「好きです」
>
> 「俺も好きだ」
---
たったそれだけ。
---
でも、その言葉が何度も頭の中を回っていた。
---
教師になった日より。
初めて授業した日より。
---
ずっと落ち着かない。
---
---
## 朝の教室
黒板に日付を書く。
---
いつもの朝。
いつもの教室。
---
でも、自分だけ少し違う。
---
「先生、なんか今日にやにやしてる」
---
女子生徒の一言で固まる。
---
恒一:
「してねえよ」
---
「してるー!」
---
「朝倉先生、なんかあったー?」
---
教室が笑い声で埋まる。
---
恒一は思わずため息をつく。
---
(子どもってなんでこういうの敏感なんだよ……)
---
でも、悪い気はしない。
---
---
## 放課後
職員室。
---
スマホが震える。
---
夏音:
「先生」
---
その呼び方だけで少し笑ってしまう。
---
恒一:
「なんだ」
---
夏音:
「今、恋人なんですよね」
---
思わずむせる。
---
恒一:
「急に言うな!」
---
夏音:
「事実確認です」
---
恒一:
「確認すんな」
---
既読。
---
夏音:
「でも、少し不思議です」
---
恒一:
「何が」
---
夏音:
「昨日までと同じ人なのに」
---
夏音:
「少し世界が違って見えます」
---
その感覚は、恒一にも分かる。
---
景色は同じ。
学校も同じ。
仕事も同じ。
---
でも。
---
帰る場所みたいなものが、一つ増えた気がする。
---
---
## 夜の電話
夜十時。
---
通話が繋がる。
---
夏音:
「お疲れさまです」
---
恒一:
「そっちも」
---
少し沈黙。
---
でも、その沈黙すら前より柔らかい。
---
夏音:
「今日、何回くらい私のこと考えましたか」
---
恒一:
「は?」
---
夏音:
「質問です」
---
恒一:
「知らねえよ」
---
夏音:
「十回以上ですね」
---
恒一:
「なんで断定なんだよ」
---
笑い声。
---
以前より、ずっと自然に笑える。
---
---
## 本の話
少しして。
---
夏音:
「詩集、正式に出せそうです」
---
恒一:
「マジか」
---
夏音:
「小さな出版社ですけど」
---
恒一:
「いや、十分すごいだろ」
---
夏音は少し静かになる。
---
夏音:
「怖いです」
---
恒一:
「まだ言ってんのか」
---
夏音:
「だって、読まれるので」
---
恒一:
「読まれろ」
---
少し間。
---
恒一:
「お前の言葉、届くから」
---
静かになる。
---
通話の向こうで、夏音が息を飲むのが分かった。
---
夏音:
「……そういうところです」
---
恒一:
「何が」
---
夏音:
「好きなの」
---
今度は恒一が黙る番だった。
---
---
## 深夜
通話が終わったあと。
---
恒一は机に向かう。
---
ノートを開く。
---
自然にペンが動く。
---
> 誰かを好きになると
> 世界は変わらないまま
> 少しだけ光り方が変わる
>
> 教室の声も
> 夜のコンビニも
> 帰り道も
>
> 全部そのままなのに
> 前より少し
> 生きている感じがする
---
書き終えて、小さく笑う。
---
そして気づく。
---
詩を書く理由が、また変わっている。
---
もう“苦しみ”だけじゃない。
---
ちゃんと、幸せのためにも書いている。
---
それが少しだけ、嬉しかった。




