## エピソード67 ### 「好きという答え」
## エピソード67
### 「好きという答え」
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風が吹く。
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公園の木々が小さく揺れる。
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夏音は笑っていた。
でも、その笑顔は少しだけ震えていた。
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恒一は、本を持ったまま立ち尽くしている。
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逃げない。
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そう言った。
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でも、本当はまだ少し怖い。
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“関係に名前がつく”ということが。
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曖昧だったものが、形になることが。
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夏音がゆっくり口を開く。
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夏音:
「先生」
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恒一:
「だからその呼び方……」
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夏音:
「好きです」
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世界が静かになる。
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風の音だけが遠く聞こえる。
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恒一は、一瞬言葉を失う。
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分かっていた。
きっとそうなんだろうと思っていた。
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でも。
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“言葉になる”のは全然違った。
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重さがある。
熱がある。
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夏音は続ける。
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夏音:
「最初は、読者でした」
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夏音:
「でも、気づいたら」
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少しだけ笑う。
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夏音:
「あなたの言葉だけじゃなくて」
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夏音:
「あなた自身を見ていました」
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恒一は動けない。
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教師として悩む顔。
疲れている顔。
不器用に優しいところ。
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全部見られていた。
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夏音:
「怖かったです」
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夏音:
「近づくのも」
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夏音:
「好きになるのも」
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その声は少し震えていた。
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でも逃げない。
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夏音も、もう逃げない。
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恒一はゆっくり息を吐く。
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恒一:
「……ずるいな」
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夏音:
「またそれですか」
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恒一:
「だって」
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少し笑う。
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恒一:
「そんな言い方されたら、逃げられねえだろ」
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夏音の目が少しだけ揺れる。
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恒一は本を抱えたまま、ゆっくり言う。
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恒一:
「俺も」
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喉が少し詰まる。
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でも、ちゃんと言う。
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恒一:
「好きだ」
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短い。
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飾りもない。
詩みたいな綺麗さもない。
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でも。
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今までのどの言葉より、本当だった。
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夏音が少しだけ俯く。
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そして、小さく笑う。
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夏音:
「やっと言いましたね」
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恒一:
「うるせえ」
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でも、笑ってしまう。
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## 少しだけ近い距離
沈黙。
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でも、もう苦しくない。
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恒一はベンチに座る。
夏音も隣に座る。
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肩は触れない。
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でも。
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以前より、ずっと近い。
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恒一:
「なあ」
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夏音:
「はい」
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恒一:
「これから、どうなるんだろうな」
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正直な言葉。
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夏音は少し考える。
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夏音:
「たぶん」
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夏音:
「普通に、会ったりするんだと思います」
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恒一:
「普通か」
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夏音:
「だめですか?」
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恒一:
「いや」
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少し笑う。
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恒一:
「悪くない」
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## 夜
空には少しだけ星が見えていた。
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恒一は思う。
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出会った頃。
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二人は、言葉の中にいた。
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でも今は違う。
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ちゃんと現実を歩いている。
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教師として。
詩を書く人として。
そして、誰かを好きな人として。
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夏音が静かに言う。
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夏音:
「先生」
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恒一:
「ん?」
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夏音:
「次の本も書きたいです」
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恒一:
「もう次かよ」
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夏音:
「だめですか?」
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恒一:
「……いいんじゃね」
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その答えで、夏音は嬉しそうに笑った。
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その笑顔を見ながら、恒一は思う。
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たぶん。
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この先も、簡単じゃない。
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仕事も。
人生も。
恋も。
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でも。
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もう一人じゃない。
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それだけで、少し未来が明るく見えた。




