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## エピソード66 ### 「名前をつけるなら」

## エピソード66


### 「名前をつけるなら」


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 九月。


 夏休みが終わった学校は、また騒がしさを取り戻していた。


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「先生ー!」


「朝倉先生ー!」


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 教室のドアを開けた瞬間から、子どもたちの声が飛んでくる。


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 恒一は苦笑する。


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「朝から元気すぎだろ……」


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 でも。


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 以前みたいな“疲れるだけの騒がしさ”じゃない。


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 この場所にも、自分の居場所ができ始めていた。


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 黒板に日付を書く。


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 チョークの音。


 窓から入る風。


 笑い声。


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 ふと思う。


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(少し前まで、全部遠かったのにな)


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 教師になることも。

 誰かに必要とされることも。

 恋をすることも。


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 全部。


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## 放課後


 教室は夕焼け色に染まっていた。


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 恒一は机に座り、ノートを見ている。


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 そこには子どもたちの作文。


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> “ぼくは、ことばで人を助けられる人になりたい”


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 その一文を見た瞬間。


 胸の奥が少し熱くなる。


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(届いてるんだな)


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 自分が渡した言葉が。


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 スマホが震える。


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夏音:

「先生、今なにしてますか」


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恒一:

「先生言うな」


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夏音:

「もう名前みたいなものです」


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恒一:

「勝手につけんな」


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 でも少し笑ってしまう。


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恒一:

「学校」


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夏音:

「遅いですね」


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恒一:

「仕事だからな」


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夏音:

「えらいです」


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恒一:

「子ども扱いすんな」


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 少し間。


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夏音:

「今日は、少しだけ見せたいものがあります」


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恒一:

「また詩か?」


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夏音:

「今回は違います」


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## 夜の公園


 待ち合わせは、最初に深い話をしたあの公園だった。


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 風が涼しい。


 夏が少し終わり始めている。


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 夏音はベンチに座っていた。


 手には、一冊の薄い本。


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 白い表紙。


 まだ試作品みたいな簡単な装丁。


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 でも。


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 確かに“本”だった。


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恒一:

「……できたのか」


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 夏音は静かにうなずく。


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夏音:

「試作です」


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 恒一はゆっくり受け取る。


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 表紙を見る。


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## 『君の詩に、救われた』


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 タイトルを見た瞬間。


 胸の奥が静かに揺れる。


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恒一:

「ほんとにこれにしたんだな」


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夏音:

「はい」


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恒一:

「……重いな」


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夏音:

「重いですか?」


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恒一:

「少しな」


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 でも嫌じゃない。


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 ページをめくる。


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 そこには、今までの時間が全部詰まっていた。


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 夜の会話。

 距離。

 不安。

 救われた瞬間。


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 全部。


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 そして最後のページ。


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> あなたはきっと

> 自分が誰かを救ったことに

> 気づかないまま生きていく

>

> でも

> それでいいのだと思う

>

> 私は確かに

> あなたの言葉に救われたから


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 恒一はページを閉じる。


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 何も言えない。


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 言葉が出ない。


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 でも、夏音は待っていた。


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 静かな公園。


 風の音。


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 そして。


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夏音:

「先生」


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恒一:

「ん?」


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 夏音は少しだけ緊張した顔で笑う。


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夏音:

「もう、逃げなくていいですか」


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 その一言で、全部分かってしまう。


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 今まで、二人とも怖かった。


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 近づくことも。

 壊れることも。

 言葉になることも。


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 でも。


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 ここまで来た。


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 恒一はゆっくり息を吐く。


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恒一:

「……逃げねえよ」


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 静かな声。


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 でも、確かな言葉だった。


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 夏音の目が少しだけ揺れる。


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 そして。


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 小さく笑った。


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