## エピソード63 ### 「君の詩に、救われた」
## エピソード63
### 「君の詩に、救われた」
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八月。
夏休みに入った学校は、驚くほど静かだった。
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誰もいない教室。
机が整然と並んでいる。
昼の光だけが床に伸びていた。
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恒一は一人、窓際に立っていた。
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(静かすぎるな)
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数か月前まで、この場所に立つ自分なんて想像していなかった。
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介護の仕事をしながら通信大学へ通い、眠い目でレポートを書いていた頃。
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“先生になる”なんて、ずっと遠かった。
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でも今は違う。
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完璧じゃない。
自信もない。
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それでも。
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ここに立っている。
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スマホが震える。
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夏音:
「今日、来れますか」
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恒一:
「どこ」
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夏音:
「いつものカフェです」
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短いやり取り。
でも、前より自然だった。
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## カフェ
店内には静かな音楽。
夏音はノートパソコンを開いていた。
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その横には、一冊分の紙。
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恒一:
「……増えてるな」
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夏音:
「はい」
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少し緊張した顔。
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恒一は座る。
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夏音:
「完成、近いです」
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その一言で、空気が少し変わる。
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恒一:
「ほんとに本になるんだな」
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夏音:
「まだ怖いですけど」
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恒一:
「今さらだろ」
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夏音:
「先生、それ好きですね」
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恒一:
「お前も“先生”好きだろ」
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少し笑う。
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以前みたいな“壊れそうな緊張”は、もうない。
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代わりにあるのは、“並んで進んでる感じ”だった。
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## タイトル
夏音は紙を一枚、恒一の前に置く。
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そこには、詩集のタイトル候補。
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いくつか並んでいる。
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恒一は順番に読む。
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「夜を渡る言葉」
「名前のない距離」
「読まれる前の感情」
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どれも夏音らしい。
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でも。
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最後の一枚で、手が止まる。
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## 『君の詩に、救われた』
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空気が静かになる。
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恒一:
「……これ」
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夏音は少しだけ視線を落とす。
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夏音:
「一番、本音です」
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胸の奥が、少しだけ熱くなる。
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恒一:
「誰のことだよ」
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分かっているくせに聞く。
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夏音は少し笑う。
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夏音:
「誰でしょう」
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恒一:
「ずるいな」
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夏音:
「そういう詩ばっかり読んでたので」
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笑う。
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でも、その笑いの奥にあるものは、もう隠しきれていなかった。
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## 夜へ向かう帰り道
店を出る。
外はまだ暑い。
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二人は並んで歩く。
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言葉は少ない。
でも、不思議と苦しくない。
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恒一はふと思う。
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最初は、“言葉で繋がる関係”だった。
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でも今は違う。
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同じ時間を歩いている。
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それが、何より大きかった。
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恒一:
「なあ」
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夏音:
「はい」
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恒一:
「お前さ」
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少し間。
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恒一:
「最初、俺の詩なんか読んで、何がよかったんだよ」
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夏音は歩きながら少し考える。
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そして静かに言う。
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夏音:
「苦しそうだったので」
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恒一:
「は?」
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夏音:
「でも、ちゃんと前を向こうとしてたので」
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その言葉で、足が少し止まりそうになる。
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夏音は続ける。
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夏音:
「だから、救われました」
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夕暮れ。
蝉の声。
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恒一は何も言えない。
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言葉が出ない。
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でも。
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こんなふうに言葉を失うのは、悪くなかった。
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そのとき。
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夏音が小さく言う。
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夏音:
「先生」
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恒一:
「ん?」
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夏音:
「この本、完成したら」
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少し間。
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夏音:
「ちゃんと、伝えたいことがあります」
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風が吹く。
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恒一は答えない。
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でも、胸の奥だけが静かに高鳴っていた。




