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## エピソード57 ### 「一冊目の始まり」

## エピソード57


### 「一冊目の始まり」


 夏の入口。


 教室の窓から入る光が、少しだけ強くなっていた。


---


 恒一は黒板の前に立っている。


 もう「先生」と呼ばれることにも、少しだけ慣れてきた。


---


 でも、慣れたからといって楽になるわけじゃない。


 むしろ逆だった。


---


「先生、これどうやるの?」


「先生、わかんない」


「先生、見て」


---


 言葉が、絶え間なく降ってくる。


---


 恒一は一つずつ返す。


 書いて、消して、また書いて。


---


(詩より忙しいな、これ)


 心の中でだけ呟く。


---


 放課後。


 静かな教室。


---


 机を拭きながら、スマホが鳴る。


---


夏音:

「今、少し時間ありますか」


---


恒一:

「ある」


---


夏音:

「会いたいです」


---


 その一言は、前より重くなかった。


 でも、軽くもなかった。


---


恒一:

「どこだよ」


---


---


## エピソード58


### 「本になろうとする言葉」


---


 カフェ。


 窓際の席。


---


 夏音はノートを広げていた。


 以前より、明らかに“書いている人の顔”になっている。


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恒一:

「それ何」


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夏音:

「詩です」


---


恒一:

「知ってる」


---


夏音:

「一冊にしようと思っています」


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 その言葉で、少しだけ空気が変わる。


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恒一:

「本?」


---


夏音:

「はい」


---


夏音:

「ちゃんと形にしたいです」


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 ページには、いくつかの詩が並んでいる。


---


 恒一は覗き込む。


---


> 言葉は

> 誰かに届く前に

> 誰かを待っている

>

> その“誰か”が誰かを知らないまま

> 書き続けている


---


 息が少し止まる。


---


恒一:

「これ……」


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夏音:

「まだ途中です」


---


恒一:

「いや……普通にいいだろ」


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 夏音は少しだけ笑う。


---


夏音:

「先生に褒められました」


---


恒一:

「やめろその呼び方」


---


 でも、悪くはない。


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 そのとき気づく。


---


 この本は、ただの詩集じゃない。


---


 “二人の距離そのもの”が形になり始めている。


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## エピソード59


### 「書く理由」


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 夜。


 恒一の部屋。


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 机の上には、プリントとノート。


 その横に、開いたままの夏音の詩。


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 手が止まる。


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「……俺、何してんだろ」


---


 教師として教えること。


 詩を書くこと。


 誰かと関わること。


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 全部が少しずつ重なっている。


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 スマホが鳴る。


---


夏音:

「詩、読んでくれましたか」


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恒一:

「読んだ」


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夏音:

「どうでしたか」


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 少し迷う。


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恒一:

「お前さ」


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夏音:

「はい」


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恒一:

「俺のこと書いてるだろ」


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 既読。


 少し間。


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夏音:

「少しだけです」


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恒一:

「少しじゃねえだろ」


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夏音:

「ばれましたか」


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 少しだけ笑う。


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 でもその笑いは、前より柔らかい。


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恒一:

「なんで書くんだよ」


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夏音:

「忘れないためです」


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恒一:

「誰を」


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 既読。


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夏音:

「時間をです」


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 その一文で、少しだけ黙る。


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 恒一は窓を見る。


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 教師としての時間。


 詩としての時間。


 そして、この関係の時間。


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 全部違うようで、全部同じ流れの中にある。


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恒一:

「なあ」


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夏音:

「はい」


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恒一:

「これ、本にしたら終わるのか?」


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 既読。


 少し長い沈黙。


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夏音:

「終わらないと思います」


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夏音:

「でも、変わります」


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 その言葉で、少しだけ胸が動く。


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 終わりではない。


 でも、同じままでもない。


---


 恒一は小さく息を吐く。


---


「……めんどくせえな、ほんと」


---


 そう言いながら、少しだけ笑った。


---


 この本が完成する頃。


 この恋も、少し形を変える。


---


 それだけは、もう分かっていた。


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