エピソード54 「教室という戦場」
エピソード54
「教室という戦場」
春。
恒一は小学校の教室の前に立っていた。
名前が書かれたプレート。
机の並び。
ランドセルの色。
全部が現実だった。
「……ほんとに俺、ここにいるのか」
小さく呟く。
教師。
夢でも理想でもなく、もう“仕事”としてそこにある。
チャイムが鳴る。
扉を開ける。
「おはようございます」
自分の声が、少しだけ固い。
子どもたちの視線が一斉に向く。
その瞬間、恒一は思う。
(これ、詩と全然違う世界だ)
でも同時に、気づく。
(いや……同じだ)
言葉が通じるかどうかの世界。
放課後。
教室は静かになる。
黒板の前に立ったまま、恒一はしばらく動けなかった。
「疲れた……」
正直な声。
スマホを開く。
通知は一件。
夏音:
「初日、お疲れさまです」
それだけで、少しだけ肩の力が抜ける。
恒一:
「なんで知ってんだよ」
夏音:
「顔に出てそうだったので」
恒一:
「見てたのか?」
夏音:
「想像です」
少しだけ笑う。
恒一:
「ガキ、思ったより大変だわ」
夏音:
「子どもたちです」
恒一:
「どっちでもいいだろ」
夏音:
「よくないです」
そのやりとりで、少しだけ現実が軽くなる。
エピソード55
「言葉が届かない場所」
恒一:
「今日さ」
夏音:
「はい」
恒一:
「全然言うこと聞かねえのいるんだけど」
夏音:
「誰ですか」
恒一:
「全員」
夏音:
「それは大変ですね」
少し間。
夏音:
「でも」
夏音:
「届いてないわけじゃないと思います」
恒一:
「いや、届いてないだろ普通に」
夏音:
「今は、です」
その言葉で、少しだけ止まる。
恒一:
「今は、か」
夏音:
「はい」
夏音:
「言葉って、すぐには届かないので」
画面を見ながら、恒一は思う。
この人は、いつも“時間”の話をする。
距離ではなく、時間。
エピソード56
「教師と詩人のあいだ」
夜。
恒一は机に座っていた。
授業の準備。
プリント。
板書。
でも、手が止まる。
「……詩みたいにいかねえな」
小さく笑う。
そのとき、ふと思う。
教えるということは、書くことと似ている。
ただ違うのは。
相手が“読んでくれない可能性がある”ということだ。
スマホが鳴る。
夏音:
「先生ですね」
恒一:
「やめろその呼び方」
夏音:
「先生です」
恒一:
「うるせえ」
少し間。
夏音:
「でも、いいと思います」
恒一:
「何が」
夏音:
「言葉を渡す人なので」
その一文で、少しだけ静かになる。
恒一は窓を見る。
教師としての自分。
詩を書く自分。
誰かと繋がる自分。
全部がまだバラバラだ。
でも、どれも“自分”だった。
その夜、恒一は初めて思う。
(俺は、教えてるのか。書いてるのか。それとも……)
答えはまだ出ない。
ただ一つだけ分かる。
この仕事も、この恋も、この詩も。
全部、“言葉”の中にある。




