第二章タイトル 「言葉は、誰かの明日になる」
エピソード50
「既読の向こう側」
夜。
恒一は電車の中にいた。
夜勤明けではない。休みの日。
珍しく、何も予定がない夜だった。
スマホが震える。
夏音:
「今日、少し詩が書けました」
すぐに既読がつく。
恒一:
「見せろ」
夏音:
「命令ですか?」
恒一:
「命令」
夏音:
「ひどいですね」
少し間。
夏音:
「でも、送ります」
メッセージが続く。
夜は
何かを隠すためじゃなく
何かを思い出すためにある
それでも
思い出したくないものまで
思い出してしまう
恒一はしばらく画面を見ていた。
恒一:
「お前さ」
夏音:
「はい」
恒一:
「最近、ちゃんと書いてるな」
夏音:
「褒めてますか?」
恒一:
「少しな」
夏音:
「少しだけ受け取っておきます」
電車が揺れる。
窓の外は流れる光。
恒一はふと思う。
この人は、もう“画面の向こうの人”じゃない。
でも、完全に“現実の人”でもない。
その曖昧な場所にいる。
恒一:
「なあ」
夏音:
「はい」
恒一:
「俺さ」
少し間。
恒一:
「教師、ちゃんとやれると思う?」
既読。
少し長い沈黙。
夏音:
「なれます」
恒一:
「即答かよ」
夏音:
「言葉で人を考えてる人は、向いてます」
恒一:
「それ適当だろ」
夏音:
「適当じゃないです」
夏音:
「あなたの詩、そういうことしてます」
その一文で、少しだけ息が止まる。
教師。
詩。
人。
全部がつながる気がした。
恒一:
「お前さ」
夏音:
「はい」
恒一:
「俺より俺のこと分かってない?」
夏音:
「分かってるわけじゃないです」
夏音:
「ただ、言葉を見てるだけです」
その言葉が少しだけ優しい。
沈黙。
恒一:
「なあ」
夏音:
「はい」
恒一:
「今度さ」
恒一:
「ちゃんと会わね?」
送信した瞬間、少しだけ指が止まる。
既読。
長い沈黙。
電車の音が大きくなる。
夏音:
「いいですよ」
たった一言。
でも、それがすべてを少しだけ動かす。
恒一:
「即答かよ」
夏音:
「考えてました」
恒一:
「ずるいな」
夏音:
「ずるいですか?」
恒一:
「ちょっとな」
少しだけ笑う。
電車は駅に近づく。
夜の街が見える。
恒一はスマホを見ながら、ふと思う。
この関係はもう「言葉の実験」じゃない。
ちゃんと、人と人の関係になっている。
そして同時に気づく。
この物語はまだ終わらない。
むしろここからが、本当の“第二章”だ。




