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## エピソード46 ### 「書けなくなる」



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## エピソード46


### 「書けなくなる日」


 夏音から「時間をください」と来てから、さらに数日が過ぎた。


 連絡はない。


 完全な沈黙。


 でも、不思議と以前ほど焦りはなかった。


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 その代わりに残ったのは、“書けない”という感覚だった。


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 恒一は机の前に座る。


 ノートを開く。


 ペンを持つ。


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 何も出てこない。


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「……なんでだよ」


 小さく呟く。


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 以前の“書けない”とは違う。


 今回は、言葉がないのではなく——


 言葉の“置き場所”が分からない。


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 夜勤明け。


 帰りの電車。


 窓の外を見ても、以前のように詩にならない。


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 そのとき気づく。


 自分の詩は、もう一人で完結していなかった。


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 夏音という存在が、どこかで“前提”になっていた。


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「……まずいな」


 それは依存ではない。


 でも、確実に“変質”している。


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 夜。


 施設の休憩室。


 スマホを開く。


 メッセージ画面。


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 最後の会話から時間が止まっている。


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 恒一はしばらく画面を見つめる。


 そして、初めて気づく。


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 自分はずっと「返事を待っていた」のではない。


 “書くための理由”を待っていた。


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 その事実が、少しだけ怖い。


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 そのとき、通知。


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夏音:

「少しだけ、戻りました」


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 短い。


 でも、確かに“戻ってきた言葉”。


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恒一:

「遅い」


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 いつものように返してしまう。


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 既読。


 少し間。


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夏音:

「すみません」


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 前よりも、距離がある謝罪。


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恒一:

「で?」


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恒一:

「終わりにするのか?」


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 打ってから、少しだけ止まる。


 でも消さない。


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 既読。


 長い沈黙。


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 その間に、雨の音が戻ってくる。


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夏音:

「終わりにはしません」


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 その一文で、少しだけ呼吸が戻る。


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夏音:

「ただ」


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夏音:

「前みたいには戻れないです」


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 恒一は画面を見つめる。


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「前みたいに、か」


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 “前”っていつだ。


 出会う前か。

 駅で会う前か。

 詩を書く前か。


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 もう分からない。


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恒一:

「じゃあどうするんだよ」


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 既読。


 返事は遅い。


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夏音:

「書き方を、変える必要があります」


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恒一:

「書き方?」


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夏音:

「距離の取り方です」


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 その言葉で、少しだけ胸が冷える。


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 これまでの関係が、言葉で定義され直されようとしている。


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 恒一は天井を見る。


「……また“距離”かよ」


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 でも今回は逃げられない。


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 スマホが震える。


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夏音:

「朝倉さん」


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 久しぶりに名前で呼ばれる。


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夏音:

「私は、あなたの言葉を壊したくないです」


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 その一文で、胸が少しだけ痛む。


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夏音:

「でも、近くにいると壊れてしまいそうでした」


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 恒一は動けない。


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 書くこと。


 読むこと。


 関係。


 全部が同じ場所に集まり始めている。


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 そして気づく。


 これは“恋”の問題ではなくなっている。


 もっと根の深い問題だ。


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 言葉と人間の距離の問題。


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 夜の部屋。


 恒一は小さく呟く。


「……じゃあ俺は、どうすりゃいいんだよ」


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 答えは来ない。


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 ただ、スマホの画面だけが静かに光っていた。


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